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君影草  作者: 惠美子
第四十一章 グランド・セゾン
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 ジャコバンと聞いてロベスピエールの名が思い浮かぶ。前の世紀で活躍した革命家。外国人の俺には山岳派の独裁、恐怖政治(テルール)と知識が組み合わさっている。

 使命に燃え、フランス国民の為に無私で働いた清廉の士、と言えば聞こえはいいが、自分は腐敗をしない真面目な人間だから皆も真面目になれ、清貧であれ、私有財産は罪だと強制するのは傲慢だ。世の中、理想に殉じる覚悟を持った人間ばかりでないのを忘れている。恐怖政治と粛清で押さえつけたが、結局反動があって自分がギロチン送りになった。フランスの大革命以降、様々な政治形態の変遷を経て再びの帝政、今のフランス皇帝は商業の発展や民生に目を向けている。大革命で支払った犠牲とヨーロッパ各国に与えてきた影響は多大で、人間はまた一つ知恵の実を手にし、世界は旧体制(アンシャン・レジーム)前には戻れない。

 ジャコバンの言葉にフランス人が抱く思いが恐怖や嫌悪、もしくは格差を是正する為の体制批判の象徴か、尋ねたことがないので知らない。

 世の中に「国際労働者協会」があって、無産階級者の生活向上・権利拡大を訴え続けているのは知っている。巴里にもフランス支部の事務所がある。あの老人はその関係者か、それともどこかの政治結社の一員か。どちらにしろ、大革命期のジャコバン独裁を実体験で知っているとは言えない。その頃に物心ついていたとしたら百歳近くになる。幾らなんでもそれはない、かれは見た目でいくと七十歳くらいではなかろうか。ナポレオン3世の皇帝即位に抗議しての亡命や反政府活動は様々伝え聞いている。二十年ほど前に青年・壮年だった人たちが今でも地下で、或いは表立って動いているのなら、当然リオンクール侯爵――、政府組織の監視対象になる。

 フランス政府に睨まれている人物に接触程度ならともかく、協力なり情報提供なりしたら、侯爵は俺を排除しようと大使館に抗議するかも知れないな、と可笑しかった。

 面白いが、俺の職務ではない。

 ジャコバン派の思想を受け継ぐ老人がいて、それをフランス政府が監視している、その情報の報告だけで充分だ。怪しからん噂は自ら流さなくても幾らでも拾える。

 悪だくみを忘れ、花の季節の巴里を巡れば、目も耳も楽しかろう。

 昨日のラ・パイーヴァ邸での宴は頭から消え去り、『ティユル』でのひとときと復活祭の余韻を噛みしめながら、街を歩いた。

 やはり祭りの後の月曜日の会話に耳を傾けてみても収穫はないか、テラス席のあるカフェで一休みをしながら思った。このまま帰るのは惜しい気がするが、外に居続けてもこれからの時間は冷えるかも知れない。さてどうしようか。

 中年の男性二人が新聞を卓に広げたまま話しているのが聞こえた。

「政府は出版の自由を拡げようと論争しているが、集会についてもその枠を拡げようとしているらしい。知り合いが議員の会席と隣り合っていて聞いた」

 議員ドノ、どこで食事しようと自由だが、会話には気を付けて欲しい。お陰でこうして俺の耳に入る。

「集会の? しかし届け出しなければならないのは変わらないのじゃないか?」

「そこがよく判らない。バダンゲが本気で無制限に出版や集会を許すんだろうか?」

「政府転覆計画をあぶりだしやすくするためじゃないのだろうか?」

 密偵をあちこちに派遣して情報を分析するよりも、表立って騒ぐ連中を片端からしょっ引くやり方か? 効率がいいとは言えない。捕り物となったら辺りは騒然となる。居合わせ、集まってくる野次馬が官憲に反感を抱けば抑え込むのは大変だ。騒乱は伝染し、火事のようにた易く拡がり、鎮火しない。巴里の警察は身に染みて知っているはず。折角都市改造で通りの幅を広くし、街並みを整然と作り替えたのに、またバリケードを築かれたり、石畳みをはがされたりをされたら、目も当てられない。

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