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君影草  作者: 惠美子
第四十一章 グランド・セゾン
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「エステル、アレティン大尉とお話しが盛り上がっているのかしら?」

 ラ・パイーヴァがまたこちらに話し掛けてきた。

「若い人と話していると気分が若返るね」

「そうでしょう? でもアレティン大尉ったら遠慮ばかりしているんですもの、若い人はもっと欲張りでいいし、気前よく奢られていればいいのに、わたしはあれこれとちょっかいを出したくなる」

 エステル・ギモンはからりと笑った。

「しつこくしてると嫌われるよ。それに若い人の私生活に口出しするのは野暮ってものさ」

 助け船なのかと思ったら、続けて怖いことを言う。

「あんただって若い男が頭の中で何を考えているか想像できないわけじゃないだろう?」

 今度はラ・パイーヴァがからからと笑った。

「そうねえ。飲んで食べてを満たしたら後は推して知るべしね」

 どのような連想が働いたのか、二人の女性は意味ありげに視線を交わした。彼の女たちが仕事で対してきた男性たちの振る舞いに、媚態に隠してどのような気持ちを抱いてきたのか、とがった爪で撫でられている気分にさせられる。三十前の――俺くらいの年齢の男が客になった経験がどれくらいあったのだろう。俺の()としての能力を品定めしているのではないかと、逃げ出したくなる。二人とも流石に品の良さを崩さない。

「楽しい復活祭を締めくくりましょう」

 男性から好奇の眼差しを向けられる若い女性の恐怖を想像しつつ、盃を上げ、賛同した。

 翌朝は”Les œufs de pâgues”(復活祭の卵)を調理したオムレツが朝食の膳に出た。

「復活祭の翌朝はオムレツに決まっていますから」

 祝い事の決まりは守ると言わんばかりのマダム・メイエはにこりともしない。

 肉や乳製品と共に卵も解禁、そして昨日配られた生卵を無駄にせず利用するとしたら、やはり卵料理。簡単なようで形よく作るのが難しいオムレツ。多少よれていようと、気にしない。温かいうちにいただこう。

 祭りの後の月曜日、賑わいが去った物寂しさと、グランド・セゾンに向けての活気が混在している。カルチェ・ラタンの学生たちの騒がしさはいつもの通り。その一方で風景は街路樹が葉を伸ばし、早咲きの花が窓辺を飾る。

 ゆっくりと歩きながら街を行き過ぎる人を眺め、向こうに見知った顔がいるのに気付いた。

 リオンクール侯爵だ。春の陽気の散歩なら、爵位に相応しい場を選ぶだろう。学生や論客たちの多くいる場に単身でいるのは探索か監視か。邪魔をする気はない。だが、リオンクール侯爵の視線の先を辿った。

 老人と息子とも孫ともとれる年齢の男性が二人。目的はどちら一人か、それとも双方か。他国の間諜とも危険人物とも知れぬ相手なのだし、俺が見ているのに気付かれたら侯爵にも迷惑が掛かる。知らぬ振りをするに限る。

 大通りを馬車が通るのを待ち、通りを横断すると、目の前にリオンクール侯爵がいた。

「ご機嫌よう、プロイセンの大尉。

 今私が見張っている老人はジャコバンの生き残り。君の職務には関りない」

「承知しました。小官は学生たちの噂話を聞きに来たので、これで失礼します」

「ご機嫌よう」

「ご機嫌よろしう」

 ぶつかりそうになり、二、三、言葉を交わしたように見せかけ、すれ違った。

 過してきた歳月の苦労が刻まれたような風貌の老人がジャコバンの生き残り……。ジャコバンなんて大革命の時期の政治集団と知識の中の存在だったが、現地のフランスはその思想が続き、今も生きているのか。

 悪いが、現在の巴里で清廉の士が世の中を動かせるとは思えない。

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