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君影草  作者: 惠美子
第四十一章 グランド・セゾン
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「ところが前の代のフェルナンド7世には男の子ができなかった。王妃様との間に生まれたのは王女様が二人。ブルボン王家が従ってきた王位継承を定めたサリカ法典からすると女は王位を継げない。

 他国(よそのくに)の庶民からすればスペインに偉大な女王様がいた、イングランドにも女王様がいる、またスペインに女王様が出たって不思議はないと感じるが、スペイン国内で女が王様になるのは駄目と文句が出た。

 王様になるのは男に限ると言い出したり、もう王も女王もなしで共和制にもしようと言い出したり。

 父親の王様が崩御して、右も左も判らないよちよち歩きのお姫様が女王様になって、ご本人の意思と関わりなく内乱が起きて治まって、上つ方も苦労だよ。三十年以上経っているのに、ちょっとでも良くない事があれば、王家の親戚筋の男性が王位に就いた方がいいとか、王配は男として役に立ってないと言われ放題。あれじゃあどんな真っ直ぐな性格の女性だって心がへし折れる」

 スペイン女王の芳しからぬ評判にいくばくかの同情が混じっている。フェルナンド7世の王弟とその息子たちがスペイン国内外でいらぬ争いを起こしているとも言いたげだ。

「今度生まれるオーストリア皇妃のお子さん性別がどちらだって、母子ともに無事だったらそれでいいと思っているよ」

「ええ、勿論ですとも。それが一番です」

 女性も男性から庇護されるままではいられず、矢面に立たされ場合もある。特に王室の妃は子――特に男児を――儲けなければ、どんな人柄優れて国民から慕われていても、辛い。さいわいイサベル2世に王子がいる。妻を寝取れられたと王配が公式に異議申し立てするはずもなし、女王が腹を痛めて産んだ子なのだから、王家の血統の王子がいずれスペイン王となる。すんなりと王位を引き継げればの話だが。

「娘っ子の頃は灰かぶり(サンドリヨン)のような話に憧れたもんだが、お妃様も王様も、庶民が牛馬のごとく汗水流して働くのとは違った苦労をなさっていると知ると、小金を持ってそこそこ贅沢ができるくらいが丁度いいなんて思うね」

「マダムは社交界の方々の裏も表もご存知のようですから」

 エステル・ギモンは情報通と呼ばれる女性だ。

「さあ? わたしが話し好きだから、自然わたしにもお喋りしてくれる人がいるだけ」

 高級娼婦を引退してもかつての後援者(パトロン)たちとの付き合いは続いているそうだ。後援者たちには高位の軍人もいれば元政治家、新聞王ジラルダンもいる。お茶を飲みながらの昔話以外の話題が交換される。ラ・パイーヴァとは異なる人脈の持ち主。無理に割り込むと怪しまれるので慎重にしているが、会話していてこちらも面白い。

「やはり男性が不誠実ですと、女性に良くない影響を与えてしまいますね。小官も従妹や伯母を仕事に巻き込みたくないですし、厄介な親戚になりたくないのです」

「大尉さんは真面目だね、余程お母さんのしつけが良かったんだ」

 表情が固まった。

「おや、変なことを言ってしまったようだ。気に障ったらごめんなさい」

「いえ、お気になさらずに」

「人付き合いを大事にするのはいいことさ。日頃の行いが良くなけりゃ、困った時に誰も助けてくれなくなる」

「ごもっともです」

 まだ感傷的になる部分が己にあったかと、心の揺れを覚えた。取り繕うように、それよりもムシュウ・ド・ジラルダンは出版法の改正にどんなご意見をお持ちがご存知ですかと、話題を変えた。

「届け出制になると新聞・雑誌の発行が一気に増えるだろうが、押されるのもほんの一時(いっとき)になるだろうと静観じゃないのかしらね。ジラルダンは帝政批判で罰金や差し止めを喰らうのは経験済み。自分と同じように商売できるのかと斜に構えてる」

 この点は皆同じような見方になるか。

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