五
ラ・パイーヴァの屋敷で提供される葡萄酒は吟味された品、改めて味わう。
「アレティン大尉は出版事業に興味がおありなので?」
「出版、というよりは世論でしょうか? やはりプロイセンとフランスとは違いますし、何より現在暮らしている場所です。市街地でお祭りは楽しいですが、バリケードや暴動には遭いたくありませんからね。巴里での暮らしを気遣っているのです」
「大尉さんは心配症だ」
紫煙と共に笑い声がする。
「クレティ・モリビエ銀行が潰れても、市民の動揺は最小限に抑えられた。一々大騒ぎせずとも済むよう、社会の制度は整えられた」
「そうそう、巴里市内が整えられ、勝手に掘っ立て小屋を建てて暮らすような貧民は追いやられた。こればかりはオスマンの手柄だ」
現状に満足しきって、不足はないかなど考えないのだろう。それとも市民の生活を見ないようにしているのか。
別の言葉が掛けられた。
「アレティン大尉は前より痩せたじゃないか。四旬節の最中だからって生真面目に精進料理ばかり食べているんじゃあるまいね?」
どこぞの男爵だか子爵だったか。俺は愛想笑いをする。
「真逆、ここでたらふくいただいていますよ」
俺の皿を見て、ボーションが言った。
「大病してから細くなって、体型が元に戻っていないですよ。みんな気にしているんです。無理する必要はありませんが、せっせとお食べになるのがよろしい」
お節介焼きめ。自分としても気にしている。誂えた服の着こなしから確かに痩せた自覚はある。だが、食べるも動くも体力が要る。一度病で衰えてから、何もかも元の通りにできない。愛想笑いが苦笑いになった。
「じきによい時節になりますよ」
慰めともいえない言葉が飛び出し、胸に微かな痛みが走った。
ある日、部屋の窓を開けると、流れてくる外気に変化を感じた。もう冬の外套を着こまなくていい。風に撫でられる街路樹は一斉に芽吹きを始めるだろう。緑が蘇り、花の蕾が開くのはもうじき。
春が到来した。
もう寒さに身を縮めなくていい。石造りの味気ない街の景色がこれから鮮やかに彩られていく。
暖かさに外遊びをする子どもが増え、公園のベンチで日向ぼっこをする老人も見える。
喜びと生命力を弾けさせる、復活の時期。
ベルナデットを誘ってリュクサンブール公園を散歩する。池に陽光が反射し、眩しい。今度どこに遊びに行こうかと話すのに、心が躍る。
「ちょっと遠出してみようかと思うが、どう思う?」
「二人で?」
「そう、汽車で日帰りするくらいの程度で」
嬉しい、でもどこがいいかすぐに思い付かない、とベルナデットは困ったような顔をしてみせる。
湿気を帯びた重い大気が強い風となって吹き付けた。暖かいはずなのに、大気は呼吸器の中をかき回し、乱した。流れが激しい動きとなってこみ上げてきた。
また咳が止まらない。
ベルナデットは俺の背を強く撫でながら、驚愕とかなしみが入り混じった瞳で俺を見上げた。今にも泣き出しそうだ。




