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君影草  作者: 惠美子
第四十章 春の風は増水を招く
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「出版の自由を拡げると言っても……、まだ確定した訳ではありませんから。それに政府が記事への警告や差し止めの権限を手離さないに決まっています」

 ボーションは慎重な前置きをした。

「ただ、これまでの出版の許可制を止めて届け出制にするとなれば、自由に意見を述べられると新聞の発行に踏み出す言論人もいるでしょう」

「差し止められたらそれまでよ、と好き勝手な政権批判や過激な思想表明をしてやろうと革命家気取りが喜び勇むね」

 と、グラモンが皮肉を滑らせた。ボーションは慣れっこで、意に介さない。

「皇帝の即位に反対して国外に脱出した人たち、追放されて後に恩赦で戻ってきた人たち、帝政の反対派が一定数います。

 そういった人たちが広く意見を述べる機会を得られるのであれば、現在の審議に期待できると言えます」

「なるほど……。皇帝陛下は現在国民に人気があるとは言えないのに言論界の規制を緩めようとするのは何故なんでしょう?」

 その点だけは立派だと思います、とボーションは言う。

「抑圧すればそれだけ反乱分子を生むことにつながると知っているのでしょう。ジャコバン派の革命家の息子が家庭教師をしていただけのことはあります。

 革新的かつ建設的な意見を述べるのと、放言をするのとは全く違います。

 酒場でのお喋りと同様な発言を公にして満足な者はそれでよし。鉄道網や首都の整備のような社会改革の提言をしてくれる者が現れるのなら、なおよし。なのだと思います」

「そこまで深く読み込んでくれるのなら、我らがバダンゲも嬉しいだろうよ」

 ボーションの話を真面目すぎると笑うのはグラモンだけではない。

「ただの人気取りだよ」

 と決めつける紳士もいる。

「どこの国の王様でも今じゃあ「朕は国家なり」とは言えない。国政を動かす権限のあるご仁は民の意見を汲み、生活を見守るのを忘れないと常に示さなければすぐに叩かれる。

 大尉さんの国の宰相閣下だって苦労しているんだろう?」

 問い掛けられて、俺は精々しかつめらしい顔をしてみせる。

「宰相閣下はドイツ諸邦の中での突出した勢力が出ないか注意を払っているようです」

 正しくはゲルマン地方ではなくヨーロッパ各国の中での勢力の均衡を計っている。オーストリアもフランスも怯える必要はないが、侮るべからざる相手と接している。

「ビスマルク閣下は健啖だと聞こえているが、女性の方はどうなのかね?」

 くだけた方向に話題が変えられた。

「我が皇帝はこの頃めっきり大人しくなったが、見目好い女性となれば手当たり次第。手の切れていない長年の愛人だっている。ビスマルク閣下は皇帝陛下よりも若いだろう?」

 若いと言ってもフランス皇帝と比しての話。ビスマルクだって五十を過ぎている。ナポレオン3世はもうじき六十、今までの素行が祟ってあちらこちらの女性に手を出す精力は残っていまい。

「宰相閣下は奥様一筋です」

 本当かどうかは知らない。

「ビスマルクは女よりも酒だろう?」

 色欲も大食も大罪に数えられていたなあ。

「非凡な人間は、平凡な人間と違ってどこかしら偏りがあるのだろうね。我が皇帝は女色に弱くて、ビスマルクは酒と食事への節制ができない」

 全く弁護のしようがない。

麦酒(ビール)では盃が進みやすいのだろう。葡萄酒のようにゆっくりと味わえる美味い酒でなくては」

 ドイツは田舎と言いたげなフランス貴族らしい紳士が澄まし顔で言った。好きなだけ言うがいい。こちらだってフランスは蛙やカタツムリを食べる変な奴らと思っている。

「フランスの美酒に乾杯!」

 その場にいた者は盃を掲げた。

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