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君影草  作者: 惠美子
第四十章 春の風は増水を招く
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「悪く言ったって怒らないから正直に言っていいのよ」

 誤魔化されたと感じたか、伯母は促した。

「学生街の側で暮らしているので騒がしい、くらいですかね。

 仕方ないことです。庭のある広い邸宅に住んでいるのでなければ、通りの人声や馬車の音が聞こえるのは当たり前ですから」

「こればっかりはね」

 と伯母もベルナデットも笑った。

 人の集まる大都市ならではだ。頭でっかちの学究の身ながら、血の気の多い若者たちは軍隊と違って統率が取れていない上、自尊心が高いので注意したところで聞く耳を持たない。さして変わらない年齢の学生たちの好き勝手な主張と行動は、士官学校では許されない気儘さだ。軍隊での規律を教えてやりたくなる。

『ティユル』で夕食をご馳走になり、帰宅した。日が沈むと、流石に昼間の喧騒は夜気が忍び寄ると共に落ち着いた。町内の器量よしを女王に選んで行列を組んで練り歩いたり、踊ったりが終わり、俺と同じくねぐらに帰る人々が名残惜しそうに道を行く。ベルナデットの口付けと抱擁の感触が我が身に残る。今宵は良い夢を見られそうだ。

 週が変わり、木々を揺らす風に変化を感じた。巴里の春を目の当たりにできると浮き立つ思いがする。行きつけのカフェの席に着き、新聞を手に取って、その気分がすっと静まった。

 新聞には日本の大君が職を退いて以降、新しい政府が戦いで勝利した、と大見出しで載っていた。新しい政府が使節を各国に送り、改めて親善を深めると続いている。日本国の細かい事情は判らないが、内乱状態であった訳だ。巴里にいる小さな公子の兄は敗北者となり、大君の政府と並んで万国博覧会で出品していたサツマが日本の主導権を握ったと言えるのだろうか。新聞には使節を派遣するのはミカド政府と書かれている。日本には日本の歴史があり、ヨーロッパとは違った政治体制であるかも知れない。詳しい事情を知らずに軽々なことは言えない。だが、喉元に刃を突き付けられたようなひんやりとした感傷があった。

 どこの国、どこの大陸でも国を失い、強国に従わざるを得ない悲しみがある。異郷の地で祖国の政権崩壊を知る公子とその従者たちの心境を、ふと思った。

 遠い国への感傷は、昔に読んだ悲劇の本を思い出すのに似ている。

 さしあたり大事なのは我が故郷と今暮らしている巴里、軍人として忠誠を誓ったプロイセン。

 出版事業への緩和策を検討させているフランス政府に対して、既に出版業に携わっている者はどんな意見を持っているのか、新聞記者に訊いてみた。

「商売敵が増える可能性は大だ。だが売文稼業ってのは甘くない。既にフィガロやプチ・ジュルナル、俺たちのリベルテがある。

 広告を載せて購買料を安く設定したり、大作家先生の小説を連載で載せたりは、ウチの社主のムシュウ・ド・ジラルダンがプレスで先んじてやっちまった。それに敵うだけの料金設定や読んで面白い新聞や雑誌を作れるか、投資先としちゃかなり作戦を練らなきゃアテられない。どんな路線で売り出すとか、色をはっきりさせる、目玉は何かと宣伝しなけりゃ、いくら紙を刷って並べてみたって読者は目を通してもくれないね」

 ゴシップ記事が専門のグラモンらしい言い方だ。

 真面目なボーションはまた違った考えを持っているらしい。

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