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君影草  作者: 惠美子
第四十章 春の風は増水を招く
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 フランスに限らず、どこの国も内政を重視しなければならないのは同じだろう。先月のドイツ関税議会選挙で、プロイセンと意見を異にする諸邦の議員が多く当選した。プロイセン国内や北ドイツ連邦で主導権を握る宰相閣下も南側も含めたドイツ諸邦全体を相手にするとなると、まだまだ意見を通すのが難しい。神経痛や消化不良で苦しまれることが多いビスマルク閣下が弱気になって、辞職するだの言い出さないよう祈る。ドイツ諸邦をかき回した責任を取ってもらわないと、併呑された国の人間として面白くない。

 極東の日本(ヤーパン)では大君(タイクーン)が政権を返上し(ミカド)の政府ができたとか、政情不安であるとか、時々新聞に載せられる。さて、巴里に来ている小さな公子は大君の弟ではなかったか? 公子は帰国するのか、兄に有利になるようナポレオン3世や他国の王族に働きかけるか、亡命するのか。傾きかけた国の王侯が他国を巻き込んで政権の正当性を声高に主張したり、資金を集めたりは、洋の東西、変わらないだろう。公子の年齢からして、賢明な臣下が付いてきているかが進路を決める。

 皇帝や国王、その一族や宰相となれば、自分の国の中のみ上手く治めていればいいとはならないのが辛い。ただでさえ国境を接し、帰属がどちらか長年争ってきた地域があちらこちらにある。普墺戦争時に、動きを起こさなければライン川の西側を割譲すると提示したビスマルクよりも、信じた皇帝が甘い。

 ナポレオン3世はビスマルクの優位を覆せず、オーストリア皇帝はプロイセンの台頭を抑えきれない。といってもメキシコでの失策からナポレオン3世はフランツ・ヨーゼフ帝から恨まれているので、協調は望めまい。万国博覧会や弔問で顔を合わせて穏やかに話をしたからといって、仲良しのお友だちではない。

 手痛い外交の失敗を重ねたナポレオン3世が内政の充実を目指しているのは本当だ。力を入れるのは、インフラストラクチャーの整備や金融業、紡績業などの経済面ではない。言論や出版事業に対して緩和策が提案され、議会で討議されている真っ最中だ。

 今までも議会で軍備拡張の計画を否決され、庶民からもバダンゲだの、妻がスペイン女だの、さんざん悪口を言われてきているのに寛容な皇帝だ。

 締め付けたところで沈黙は続かない。陰口は無くならないし、より奥深く籠った情念が革命の形で爆発するよりも好きに言わせて、論じ合ってもらった方が平和と考えたのかは判らない。

 詳細は不明で、これから定まっていくであろう事柄だ。

 無論、職務上知り得たことだから伯母やベルナデットの前では話せない。『ティユル』の経営に直接関わる政策でもない。皇帝とオスマン知事の大工事で巴里が生まれ変わった、新しいオペラ座の竣工は何時になるのだろうかと伯母の話に付き合いつつ、オスマン知事の巴里改造は計画通りにやり遂げられるのは難しくなっているのではなかろうか、巴里市民に賛成反対の意はどちらが強いか、感触を探りたい。

「ブルボンの王様でも、ボナパルト家の皇帝でも安心して暮らせるようにしてくれる人が上に立っていてくれたら、それで充分。

 どこまで街を整備したらいいか? わたしは自分の住まいやお店、ご近所が綺麗に整って、買い物に不便がないかどうかくらいしか判らないわ。

 これは巴里以外の場所から来た人の方が、よく見えるのじゃないかしら?」

 自分の生活圏のことしか判らないと言いながら、伯母は賢明だ。

「巴里は光の都です」

 光とも花とも、巴里を象徴するのはラ・ヴァリエール家の女性たちだ。

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