二
伯母の意外な言葉に少なからず驚いた。
「本気ですか?」
「さあ、どうでしょう? ラ・パイーヴァ女侯爵の巴里での評判くらい知らない者はいませんよ。わたしの若い頃は現役で、今はどんな男性と付き合っているのかと、何かと話題になっていましたからね。どんな意匠のドレスを着ているかお洒落好きなら誰でも知りたがった。お古になったからと下げ渡された服が古着屋に出れば欲しがるのは洒落者だけではなかったわ。洋裁をしている者だって勉強の為に見たがった。
高級娼婦は流行の看板よ。
実際に仕事を受けるかどうかは別だけど、疫病持ちのように嫌悪しないわ」
「オスカーは、元高級娼婦と一緒の店で服を誂えたくないと考えるご贔屓さんがいるのじゃないかと心配してくれたのよ」
伯母は肯きながら、ベルナデットの言葉にやんわりと返した。
「それは判っています。
ちょっとした出来事で信頼が崩れてしまうこともあるけれど、欠点を美点に変えてみせることもあるのよ。
ラ・パイーヴァが、ベルナールとのつながりではなくて、わたしたちの作る衣装に興味を持ってくれたと噂が立てばと、ちらと思っただけ」
それは考えてもみなかった。長年洋裁店を営んできた伯母の視点は違う。なるほど、流行の看板だった女性は今でも贅沢に暮らしている。店の宣伝に使えるかも知れないとの発想は俺にはできない。
「あまり難しくとらえなくてもいいんじゃないかしら。お誘いが来たとしても店が忙しいからと断ってもいいのでしょう?」
マリー゠アンヌは言った。
「二月は百貨店で布地の大安売りをする時期で、自分で仕立てる人もいれば、買った生地を持ち込んで春になるまで仕上げてと持ち込むお客様いらっしゃる。謝肉祭が終わったら終わったで、仕事の依頼はありますから」
「ええ、招待状が来たとしても、それを理由に断れる。
なんならわたしがベルナデットの代わりに行ってやってもいい」
あら、と瞠目する娘たちに伯母は余裕を見せる。
「ラ・パイーヴァがどうして女侯爵の称号を持てたのか、どんな男性と交際したか、実際に見聞きしていたのだし、昔話ならいくらでもお付き合いできる」
「お母さん、案外意地悪ね」
「それくらいの気を強く持っていましょうってことです」
「オスカーがびっくりしっぱなしよ」
みんな揃って俺を見た。よっぽど呆気にとられた顔をしていたか、弾かれたように笑い声が響いた。お針子の一人が何事かと覗きに来たくらいだ。
「ラ・パイーヴァの話を教えてくれて有難う。
でもあちらから使いを寄越すかどうか判らないし、その時になったらどう対処するか考えるしかないでしょう。あなたが心配する必要はないわ」
「それはそうですが……」
胸の奥にくすぶるような動きがあって、痛みとなって、こみ上げるものがあった。咳き込むと大丈夫! とベルナデットが立ち上がった。彼の女を留めようと片手を上げるが、構わず側に来て俺の背に手を当てて、強く撫でた。彼の女のお陰か、すぐに収まった。
「まだ咳が出るのね」
「ああ、でも止まらなくなるようなことは無くなった。今もすぐ収まっただろう?」
「わたしたちの心配よりも自分の心配をして」
「ええ、まだ無理せずに養生に努めます。
ラ・パイーヴァから連絡が来た時の判断はお任せします。その時はどうしたか教えてください。
午後からのお仕事がおありですから、私はこれでお暇します」
忙しいのなら長居はできない。
「今度来たら、シャン゠ゼリゼのお屋敷でどんなご馳走が出たか、どんな豪華な衣装や装飾品を見られたか、ゆっくりと聞かせてちょうだい」
食事の内容はともかく、彼の女たちを満足させられるような詳しい衣装の話ができるだろうか、それもまた心配のタネだ。




