八
伯母とマリー゠アンヌに挨拶してからベルナデットとまた店に降り、カーテンを閉め切った中で手を取り合って踊った。忍び歩きでたまたま出会った二人が意気投合したなんてふざけた設定をして、「ムシュウ」、「マダム」と声を掛けてみたが、笑いがこみ上げてきて駄目だった。
「言った本人がそれじゃあお芝居にもならない」
とベルナデットは呆れた。
「あなたも笑いを堪えているじゃないか」
結局仮面など付けないで、適当なワルツのメロディーを口ずさんで店の広い場所でステップを踏んだ。息が上がるくらい踊り回って、喉が渇いたかざらついて、咳が出た。咳が止まらなくなり、足が止まり、手を離した。
「ちょっと!」
ベルナデットは驚いて俺の背をさすった。俺は大丈夫だと手を挙げて示したが、咳で上手く伝えられない。やっと鎮まって、しゃがれ声で礼を言った。
「有難う。心配ない」
「まだ喉がおかしいの?」
彼の女に気を遣わせてしまった。
「そんな顔をしなくても大丈夫だ。まだ体力が元通りではない。踊って持久力を付けないといけないな」
「あなたといられるのは嬉しいけれど、咳き込まれたら不安で踊ってなんていられない」
「武器や食料を詰め込んだ背嚢を担いで、森や雪原を歩かされるより百倍も楽だ。なんならあなたを腕に抱いて通りの端から端まで歩いてみせようか」
ベルナデットは肩をすくめて両手を上げてみせた。
「人目に付きすぎて流石に恥ずかしいわ」
確かに今日からしばらくは実行しない方がよさそうだ。
雰囲気が戻ったと踊り直そうとしたが、ベルナデットは休憩しようと提案した。一人で踊る訳にもいかず、同意した。彼の女の部屋に行き、服の意匠や絵、その他諸々を語り合った。女性との会話に飽かず耳を傾け、自身も身近な小さな出来事を伝え、時間を忘れた。
日が傾きはじめた。ベルナデットは家にいる者が夕食を作らないといけないのと、席を立った。
「ベニエを作るのか?」
「それは明後日の予定だけど、あなたの為に焼き林檎を作るわ。それとお肉と」
「それは有難いな。俺でも役に立つのだから手伝わなくていいか。」
いいえ、とベルナデットは首を振った。ある程度できたら、また盛り付けや配膳を手伝ってもらうから、それまで時間を潰しにここにいてもいいし、良かったら母の話し相手をしてちょうだいと、厨房に向かった。ベルナデットの部屋にある本を読んでいてもいいが、女性向けの実用書はベルナデットの解説がなければ理解できなさそうだ。勿論フランス語でも小説くらい読める。しかし、デュマのこの話は読んだことがあるし、ジョルジュ・サンドの『愛の妖精』はどうだろう? 男が読んでも面白いだろうか?
ルイーズの帰宅した声が聞こえた。ベルナデットの部屋に籠っているよりも伯母の居間に行って、また女性の話し相手を務めるのも良かろう。
その夜はベルナデットの丹精込めた料理で腹を満たした。かぶとジャガイモのスープに豚の炙り焼きや鶏の冷製サラダ、焼き林檎、ささやかながらお針子たちの人数まで入れて作るのだから、大した重労働だ。勿論俺だって水の入った大きな鍋を動かしたり、ジャガイモを運んだりと手伝った。楽しい謝肉祭の晩餐を過した。
謝肉祭の最終日の肉食火曜日、日曜日とは打って変わって、ラ・パイーヴァの屋敷でこれでもかととりどりに肉料理が並べられる。牛肉の赤ワイン煮、炙り焼き、焼き鳥、豚の香草焼き、何種類ものソースから好みを選べる。大食と強欲、痛飲の罪は翌日の灰色の水曜日に教会で祈って、許しを請う。人生は罪を重ねて彩られる。
「アレティン大尉、従妹さんをお連れになってよろしかったのに。カレンブルクの貴族の血を引く方なんでしょう? ぜひお知り合いになりたいものだわ。
それともこんな女と会いたくないのかしら?」
早速罪深さを自覚させる難題を持ち掛けてきた。




