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君影草  作者: 惠美子
第三十八章 春は遠からじ
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 冬の晴れ間は続かず、また曇り、土曜日には雨まで降った。雪でなく雨なので、少しは春に向かっているのかとも思うが、日曜日の朝には街路が凍り付いていた。身が縮む。

 さて、今日は謝肉祭。前日の名残りで空は白く覆われているが昨日よりは明るい。昼間は日が差すかも知れない。

 今日は肥えた牛を飾り付けて山車(だし)に乗せて大通りを練り歩く、ブフ・グラの行列が行われる。カフェで話をしていた学生たちが牛の肉料理を食べられるかどうかは知らないが、行列が終われば牛は広場で屠られ、解体されて、焼き肉のご馳走として供される。

 大通りは八月十五日の祝日と同じように大混雑となると判っているので、セーヌを渡ったらなるべく小路を選んで『ティユル』に出向いた。大通りを避ける考えの者は多いようで、普段よりも人通りが多い。シャン゠ゼリゼ大通りを大きく迂回して北側の通りからコリゼ通りに入った。それでも『ティユル』はシャン゠ゼリゼに近いから、店の前は大通りに入りきれない人々が流れてきている。いつものように裏口から入る。

「いらっしゃい」

 いつもの笑顔と声が出迎えてくれる。

「ご機嫌よう、我が姫君」

 大仰な仕草で皆に挨拶し、側に来てくれたベルナデットを抱き寄せた。

「外は混んでいたでしょう?」

「遠回りしてきたが、それでもいつもより時間がかかった。シャン゠ゼリゼは身動きできそうもない」

「扉を閉めても歓声が聞こえてくるでしょう?」

 大声で話さないと何を言っているか聞き取れないくらいの音が大通りから響いてくる。八月の誕生祭の夜と違って、歌って踊ってしながらの行進なのだから、冬でも汗をかきそうだ。

「仮装はしてこなかったのね」

「遊び心が足りなくて、思い付かない」

 礼装で宮廷に出入りすること自体仮装しているようなもの。仮面をつけて忍び歩きをする趣味もなし。これだけの人混みに出たらどんな衣装を着ていてもくしゃくしゃにされてしまう。

「そういうあなたは?」

「ご注文の港湾や牧場で働く人ふうのドレスや道化師みたいな飾りだらけの服を縫い上げたら、それで気分は満足よ。端切れで覆面や仮面を作ったけれど、してみる元気はないわ」

「なら今回は外出なしで済まそうか」

「そうね、二階の窓からいくらか大通りが見えるから、それでいいでしょう?」

 それがいい、またはぐれたら困る。

「ルイーズは近所の女の子の友だちと出掛けたし、お針子たちも見物に行っているわ。家にいるのは母と姉とわたし」

「おや、いつか言っていた学生と一緒じゃないのか?」

 俺に言われて気付いたように、ベルナデットは首を傾げた。

「どうかしら? シャルロットやジャンヌが迎えに来たから今日は別々なんだと思うわ。謝肉祭のお休みは明後日まであるんだから」

「ルイーズと友だちが遊ぶのをやたら心配しても始まらないか」

「すっかり叔父さんなのね」

「こちらは妹ができたつもりでいるのだがね。お兄さんと呼ばれていることだし」

 ベルナデットは堪えきれないように笑い出し、こちらもつられて笑った。愚にも付かない内容でも、言葉を交わすのは楽しい。

「あなたの作った仮面を付けて二人で踊ろう。見知らぬ同士が忍び歩きで出会った振りでもしてみよう」

「遊び心に溢れているじゃない?」

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