六
「ハーゼルブルグ先生の話を聞いた時は、これはもしやと俺も叔父貴と期待したものだが、何をしているんだか」
「フロイラインに失礼だぞ」
「構いませんわ」
アグラーヤはあっけらかんとしている。相変わらずじゃじゃ馬なのだろう。
「わたしと結婚するような奇特な殿方がいるとは夢にも思っていませんから」
難しいねぇとアンドレーアスは呟いた。だからといって自分が結婚相手に立候補するつもりはないようだ。
「身軽なのが一番、野に咲く花が一番」
「そうか。フランクフルトに野に咲く花が待っているのか」
アンドレーアスは、さあねと肩をすくめてみせた。肝心の所は尻尾を掴ませない気のようだ。それよりもと、アンドレーアスは身を乗り出した。
「オスカー、伯林での事件を知っているか?」
「どのような?」
アンドレーアスとアグラーヤは顔を見合わせた。
「世の中、電報って便利な物があるのに、ニュースが伝わるのに時間差が出てしまうのかな。
ええっと、何日だっけ……」
「五月七日です」
四日前、微妙なところだ。俺が新聞を読み落としただけかも知れないが。
「伯林でプロイセンの宰相が狙撃された」
「なんだって!」
思わず立ち上がりそうになった。そんな大事件読み落とすわけがない。まあまあ、とアンドレーアスがなだめるように話を継いだ。
「弾は外れて、掠り傷で済んだそうだ。なんでも、狙撃された本人が犯人を取り押さえたって話だ」
詰まらん結果だ。道理で急いで伝えてこない。
「狙撃犯が標的相手から捕まえられるとは、近くで撃ったのだろう。下手糞だ。それに取り押されられるくらい接近しているなら、銃より短剣を使うべきだ」
「軍人らしい発想と言うべきだな。犯人は学生だとさ」
「決闘の経験が無いのだろう」
「そう言うな、学生はすぐに自殺してしまって動機や、背後関係があるかは詳しく判らないらしい」
それは剣呑な。アグラーヤは俺の表情を見て取った。
「学生の死は、プロイセンの政治に利用されてしまうのでしょう」
「そうでしょうな」
「戦争は不可避なのでしょうか。ローンフェルトさまもそれが心配でフランクフルトに移動して、何かあればバイエルンに逃げられるようにとお考えのようなのです」
「フランクフルトならプロイセンのヴェストファーレンにも近いでしょう」
「はい」
「オスカー、気を悪くしないで聞いてくれ」
と、アンドレーアスは前置きした。
「俺は国王陛下のご気性が心配なんだ。友情に篤くて、お優しい。これは個人として尊敬できるし、立派な人柄だ。だが、国のあるじとしてどうかと思うと頼りない。ハノーファー国王と仲が良くて友人同士というのは構わない。しかし、それと外交は別だろう。いくらハノーファー王が目の不自由な方といっても王様だ。お世話する者たちは大勢いる。あまり肩入れして、カレンブルク王国の執政を片手間に……」
壁に耳ありだ、俺はアンドレーアスを手で制した。
「おまえの言いたいことは判る。俺が知り得て、できることはわずかだ。二人は軍人ではない。戦火を逃れる方策を建てるのは当然だ。だからこれが最後になっても、二人は生き延びてくれ」
「生き延びるべきは俺たち二人だけじゃない」
アンドレーアスは語気強く言った。