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君影草  作者: 惠美子
第三十八章 春は遠からじ
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 容態が落ち着いたとはいえ、本復したは言えない。少しでも早く調子を戻したいと動こうとすると、何かの拍子に呼吸器がざらついて、咳が止まらなくなる。喋ろうとしても痰が絡んで、声が出にくくなる。ベルナデットやマダム・メイエと話すのに一苦労だ。

「用事を言い付けるだけなら短く済ませられるが、天気の話以外で……、が、語り合いたいのに……、」

 後は声が続かない。

「マメにうがいをして、しばらくは黙っているしかないわよ」

 ベルナデットが慰めてくれる。有難う、とパクパクと口を動かした。それで通じたようで、ベルナデットは肯いた。

 慣れない場所で泊まり込んで看病してくれた彼の女も大分体力を使っただろう。一度家に戻ったらと伝えてみた。

「仕事も気になるけど、まだあなたが心配だわ」

 熱が下がり安心したが、翌日歩き回ってみたら午後から熱が上がった。気怠さに寝床に横になり、ロクに夕食を摂ろうとしないので、ベルナデットの心配顔はまだ消えない。熱と言っても微熱程度なのだが、今まで消耗した分が積み重なって、力が湧かなかった。あと一日、二日はじっとしていてと、優しく厳命されてしまった。

 厳冬の一月はほとんど身動きができないまま終わろうとしている。俺が家の中で歩行訓練や体操をして過しているうち、ベルナデットが今月に限って月経痛が酷いとひっくり返ってしまって、俺も焦った。じっとしていれば二、三日で治まるから放って置いてと言われても、その通りにできるものか。二人で巣ごもり状態だった。同じ屋根の下で起居していなければ気付かないことに直面し、いたわり合い、支え合うのを喜びとしながら、二人で額を合わせるようにして寝床を分けて眠った。

 先にベルナデットが回復して、散らかった部屋をきっちりと掃除して、着替えを取ってくると一旦『ティユル』に帰った。午後に微熱を感じたが、もう寝て過ごす必要はなかった。ストーブで沸かした白湯を飲んだり、体を動かしてみたりと、やや暇を持て余し気味だった。

 いつも朗らかにさえずっていると思えば、女性としてあるべき生理的な出来事に弱り切ってしまうこともあるものだ。ベルナデットは恥ずかしがっていた。いつもはこんなに酷くないと言っていたが、ほぼ毎月あんな状態になるのだとしたら、尚更女性に無理はさせてならないと考える。手を携える相手はやはり守らなければならない。

 翌日、午前の内にベルナデットが戻ってきた。

「休めたのか? ゆっくりとしてくればよかったのに」

「大丈夫、家ではずっと上げ膳据え膳してもらったから、のんびりできたわ」

 給仕してもらえるのがどんなに楽か、それは昨夜一人で湯を沸かしたり、差し入れられた食事を温め直したりして実感した。

「俺は元気……、だ」

「まだ声が変、ほら、咳き込んだ」

 指摘され、咳を抑えようとして、余計止まらなくなった。ベルナデットは俺の背中を軽く叩いた。

「咳が続くうちは辛いわね」

 かすれがちに、ほとんど息を吐き出すように、俺は言った。

「咳さえなければもう平気なんだが、まだ取れないのが忌々しい。口付けさえも躊躇(ためらわ)われる。あなたに伝染(うつ)るかも知れないし」

 冗談を言わない、と、ベルナデットは真面目に返した。

 彼の女の献身があってようやく回復し、俺は二月に入って大使館に出た。

「報告は受けていたが、もう体調はいいのかね? こちらは復活祭まで治してもらえればいいと思っていた」

 挨拶の後、ゴルツ大使が言った。今年の復活祭は四月の上旬じゃなかったか? そんな何か月も寝ていられるか。

「これでも大事を取って余分に休んだつもりです。

 早速にでも職務に戻ります」

「くれぐれも無理をせぬよう。

 ラ・パイーヴァも気に掛けていて、元気になったら謝肉祭に招待したいと言っていた」

 謝肉祭まで肉をたらふく食べられるほど食欲が回復すれば、喜んで伺おう。

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