二
同衾の機会はなかなか得られなかった。
その後も医者は診察に来てくれて、回復は順調、むしろ早い方だと元気づけてくれたが、発熱と呼吸器の痛みに大分体力を消耗した。軽いとはいえ肺炎なのだから一日二日で良くなると思っていないが、四日目も床を離れられそうにないとなると、気持ちが滅入った。満足に動けない、食事はまだ重い物は無理、長引きくのだろうかと、潮目を逃して岸辺に取り残された惨めささえ湧いてくる。
もうつきっきりの必要はないと主張して、夜は隣室のソファで休むようにベルナデットに頼み、彼の女は渋々同意した。医者や看護人だって休息は取る。四六時中抱え込むように世話していたら身が持たない。それに、お互い一人になっての孤独な時間がなければ、辛くなる。
必ず治る、明日にでも走れるくらいに回復してやると念じながら、曇り空ばかりで大きな変化のない単調な日が繰り返された。
週の終わりに差し掛かり、ようやく熱が下がった。
「良かった。でも油断はできないわよ。ぶり返したらいけないから、何事も少しずつ試していきましょう」
「ああ、いきなりパティナージュをしようなんて言わない。着替えて、髭を剃りたい」
「髭くらいはいいわよ。でもすぐに横になれるように、下着と寝間着の着替えね」
と、念押しされた。熱が下がり、ベルナデットも安心している。彼の女に心から感謝だ。もう心配は要らない。彼の女も一息入れて、ゆっくりしてもらいたい。
「仰せのままに」
先に朝食を済ませて、お茶を飲んでいると、来客の知らせがあった。大使館からヤンセン曹長だ。
「大使から体調を崩されたらしいと聞いておりました。特に連絡事項があってではないのですが、大佐から様子を見に行っておけと言われましたので、まかりこしました」
曹長は俺一人で過しているのではないと気付いて、簡潔に用件を述べた。
「それはご苦労だった。気を遣わせて済まない。長期に大使館に連絡を入れないこともあったから、治ってからでも大丈夫かと、勝手に判断していた」
「いえ、ご病気だったのだから仕方ありません」
曹長はにやりと笑った。
「伊達者の大尉が寝込んで無精髭とは思ってもみませんでした」
「言ってくれるな」
「大佐が聞いたら愉快がりそうですけど、言いません。事実のみを報告します。大尉が風邪をこじらせ肺炎で寝込んで、美人に看病してもらっています、と」
俺は精一杯不機嫌な顔をしてみせた。
「誰に看病されたかは余計だ」
「はいはい。焦らないでゆっくり養生してください」
「有難う。皆によろしく伝えておいてくれ」
「承知しております」
真剣味のない返事をしてヤンセン曹長は帰っていった。俺の仕事に関わるかと、ベルナデットは席を外していたし、会話はドイツ語だった。
「案外早く帰られたけど、よかったの?」
「ああ、しばらく休まなければならないだろうと報告しただけだ。髭面を笑われた」
「あなたは髭があったっていい男よ」
まじまじと俺を見てくる。面映ゆい。
「まだ生えかけみたいなものだから、見栄えはしないかしらね。これから伸ばす?」
なんだ、元気になったと思ってからかってきたのか。
「剃る。それともあなたは髭面の男に体中口付けされたいか?」
ベルナデットは上目遣いでぐるりと瞳を回した。面白がっている。
「髭の男に体中口付けされた経験が無いから、いいも悪いも判らない。
でも止めた方がよさそうね、あなたがプロイセンの宰相みたいな髭が似合うとは思えない」
「体験させてやろうか?」
「おふざけは止めましょうね。熱が上がったら困るでしょう?
さあ、お髭を剃りましょうね」
それが身の為、そうしよう。




