一
医者にも診せて、薬もきちんと服用して、養生していても、自分で思い描いたようにすぐに回復しなかった。深い眠りの後はどんな気分で目覚められるかと期待したが、やはり熱と呼吸器の痛みを感じながら朝を迎えた。水を、うがいをして、少しでも口中と喉を楽にしたい。
ベルナデットが椅子に掛けたまま寝床に伏せて眠っている。これでは疲れがとれない。同じ寝床という訳にはいかないから、隣の部屋のソファで体を伸ばして休んでくれと言うしかなかろう。
ベルナデットを起こさないようにと気を付けたが、体を起こすとどうしても動きが伝わってしまい、頭が揺れた。瞼が開かぬ薄目が俺を見た。
「お早う、マ・シェリ」
声になっていない、息の漏れのような音だった。それでもベルナデットは俺の挨拶に、椅子に座り直して、微笑んだ。
「お早う、モン・シェリ。お加減はどう?」
「あなたの顔を見たら良くなった」
真面目に答えなさいよ、とベルナデットは俺の額に手を伸ばし、次いで自分の額を当ててきた。軽い落胆とも言える、水底を覗き込むかのような思案顔。
「まだベッドから出られないわよ」
声を出す気になれず、肯いた。うがいと洗面の手真似をしてみせ、ベルナデットが支度に立った。俺もゆっくりと体を起こし、寝床から出た。自分の体を支えるのに、わずかに足元が揺れた。体力を消耗したのだと思い知らされる。ゆっくりと進んで、準備されたコップを掴んでうがいをし、ひりひりとする喉をなだめる。
俺が一通りの所作を終えたのを見届けて、ベルナデットも自身の朝の身繕いを始めた。俺は寝床に戻らず、窓際に進んだ。カーテンを捲って、外を見る。雪は止んだ。降り積もった雪は残っており、雲に遮られているのか太陽の存在はほのかだ。このまま晴れず、凍てついたままの一日になるだろうか。じっと立っているのにやっとの思いで、まるで険しい山道を辿ったかのごとくだが、すぐに横になってしまうのが怖かった。ここで動けなくなったらベルナデットに負担が掛かる、自分でも辛いのなら止めたらいいと、判っている。だが、寝床に入ったら、また立ち上がるのに勇気を出さなければならない。自分が弱り切っているのが嫌なのだ。これ以上自分の手足が萎えて、力が出なくなったらどんなに惨めな気分になるだろう。そうならない為に、気を強く保ちたい。子どもじみた強がりだ。
「立っていて大丈夫なの?」
ベルナデットから声を掛けられた。
「少しずつでも動かないと、体が鈍る」
「だったらせめてベッドに座っていたら? 辛くなったらすぐに横になれる」
「そうだな」
ついでにカーテンを開けてくれるかと思ったのに、とベルナデットは軽口を言った。ああ、朝なんだからと言われて、気が付いた。冗談よ、とベルナデットがさっとやって来てカーテンを開けていった。
「今日は曇かしらね」
お天道様が顔を出さないと雪や氷が融けないし、洗い物だって乾かない、でも晴れた日はその分暗くなってから冷え込みがきつく感じて寒い、と自身の疲れを感じさせない為か、お喋りを聞かせてくれた。
「あら、うるさかったかしら?」
いいや、俺は手を振って笑った。
「あなたが何も喋らなかったら、それはそれでどこか加減が悪いのかと心配になる」
「酷いわね」
「ごめん、でもあなたもきちんと休んでくれ。椅子では眠ったうちに入らない。ソファを使って眠って欲しい」
そうね、とベルナデットは肯いた。
「あなたが良くなってきたら、一緒に眠りましょうね」
熱が下がればそれもよかろう。




