二十二
食事を摂り、ベルナデットが持参してくれた解熱の薬を飲んで休んだ。熱は一時的に下がったが、薬の効き目が切れたか、夜半にまた熱が上がってきた。体の熱さと息苦しさで目が覚めた。俺の様子にベルナデットも気付き、しきりに体を拭いたり、水を飲ませたりしてくれたが、一向に楽にならなかった。これではベルナデットも参ってしまうからと、休むように言った。明け方はうつらうつらと浅い眠りを得られたし、ベルナデットも眠ったようだった。
朝、マダム・メイエが部屋に朝食は要るかとやってきたらしい。らしい、というのは俺には全く覚えていないからだ。ベルナデットが対応して、マダムが持ってきてくれた蕎麦の実で作った粥とかいうのを出してきた。東欧風も目新しくて面白いのかも知れない。食感が違うのは何となく判ったが、味が判らない。
大分汗をかいた。顔を洗い、体を拭いて着替えれば、熱もマシになるだろうかと、着替えをすることにした。手伝うとベルナデットは言い張ったが、食事の片付けをしてもらっている間に自分でできると伝え、その通りに途中までできた。ベルナデットの片付けの方が先に終わり、着替えに手を出してきた。
寝間を整え直して、気分が一掃されたかと思いきや、熱はまた上がってきた。
「ここまでひどいのなら、ただ寝ていても良くならない」
ベルナデットは必死の形相で、医者を連れてくると主張した。この熱と呼吸器のざらつく痛みがたやすく引きそうもないのだから、彼の女の言い分は正しかろう。俺は肯くしかなかった。
どこの医者が呼ぶかもベルナデットにお任せだ。
「マダム・メイエに声を掛けていくけど、少しの間だけ待っていてね」
「ああ、気を付けて」
俺が余程寂しそうにしていたのだろう、ベルナデットが子どもに対するような気分になっていたかは不明だ。
一時間半程してベルナデットが連れてきた医者は、あらかじめ彼の女から症状の経過は聞いたが、確認だからと俺に病状を詳しく尋ね、視診を行った。筒を胸に当てて俺の呼吸や心音を聴いて、医者は厳かに病名を告げた。
「風邪からの軽い肺炎です。薬を出します」
医者は処方箋を薬局に出しておくから取りに来るようにと言い、服用についてベルナデットに教えた。肺炎に移行しつつあったから熱が下がらなかったか。危ないところだった。
看病してくれて、早めに医者も呼んでくれたベルナデットに感謝だ。
医者を見送り、戻ってきたベルナデットに俺は手を差し出した。ベルナデットも手を伸ばし、立ったまま俺をそっと抱き締めた。
「もっと早く呼べばこんなにひどくならなかったのに」
「いいや、あなたが来てくれたからこの程度で済んだんだ。有難う。あなたは俺の救い主だ」
「言い過ぎよ」
「いやいや、どれほど褒めても足りないくらいだ」
もう喋るなとベルナデットは人差し指を俺の唇に当てた。
「まだ声が枯れているわよ。一息入れたらお薬をもらいに出掛けるから、あなたはゆっくり休んでね」
声を出さず、俺は肯いた。安心したようにベルナデットは額と頬に口付けしてくれた。診断も出たし、病状に合った薬も処方される。ベルナデットが付き添ってくれるのだから、これ程心強いことがあろうか。
熱が下がらなくとも食欲が出たような気がする。まだ喉に痛みがあり、嚥下に苦労するが、昼食には朝より多い量を平らげられた。
「食べられるようになって良かった。汗をかいた分、水分も摂らないと」
「ああ、そうする」
渇きを満たそうとする気が出てきた。快方に向かうきっかけだ。
空気が淀んでいるとベルナデットは窓を開けた。強い冷気がなだれ込み、鼻や喉を刺す。
「ごめんなさい、でも時々空気を入れ替えないと、息が詰まるから」
「大丈夫だ」
部屋は暖かいが、外は雪だ。きっとまだセーヌ川は凍ったままなのだろう。
「治らなければ困るけど、あなたが病気のままならわたしはずっと付きっきりでいられるのかしら?」
怖いことを言う。
「俺はあなたの為にある。そうだろう?」
時間が凍り付くことはない。