表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君影草  作者: 惠美子
第三十六章 あなたのためのわたし わたしのためのあなた
371/486

二十

 マダム・メイエや女中はあくまでもこの館の管理人で、掃除や洗濯、朝食の提供をしてくれるが、寄宿人の健康管理や看病は仕事ではない。朝食を運ぶついでに頼まれ事を請け負ってくれたが、それ以上は余分に心付けを渡されても手に余る。ベルナデットが来てくれて、安心しただろう。

 俺もまたベルナデットが側に来てくれて、それだけで気持ちが楽になったのだから現金なものだ。ベルナデットは部屋の暖房やら、衣服やら、自ら動いて調節してくれる。自宅から解熱剤や食べ物など持参してきたようだが、まだ足りないと、マダム・メイエに尋ねて買い物にも行ったようだ。

「学生街って自炊する人もいるようだけど、賄いも繕いもできない人が多いからって考えた商売があるようね。面白いわ」

 飲み物や果物、食材を並べていた。

「古いのが余っているっていうから見せてもらったわ。充分使えるから借りてきた。ストーブがあれば暖房だけでなく、お湯も沸かせるし、料理も作れるわ」

 マダム・メイエからストーブやら、鍋や食器を借りてきたらしい。

「幾ら掛かったか後で教えてくれ。きちんと払う」

「自分の財布と相談した中でやっているんだから、大丈夫よ」

「マダム・メイエのことだからストーブや石炭、炊事道具の代金は下宿代に入れて請求してくるだろうが、俺の食事や日用品であなたが負担するのはおかしいし、心苦しい」

「何を言っているの。わたしがここにいる分、わたしだって飲んだり食べたりするでしょう? 自分の分くらい自分で賄うわ」

「ならせめて折半」

 肯かなけば、俺が大人しく寝ないと思ったか、ベルナデットは折半で、と了承した。

 気掛かりが一つ片付いた。大きく息をすると、喉の奥や気管がざらつくような痛みがある。冬の寒さと乾燥にやられたか。呼吸や嚥下の度に沁みる。今は我慢だ。

 ベルナデットはストーブに水を張った鍋を置いて、乾燥を抑えようとしてくれる。彼の女の細かな心遣いが胸に染み入る。体が弱ると、気持ちまで弱る。

「有難う」

「喋らなくていいのよ。ひどい声をしてる。とにかく休んで、眠くなくてもきちんと目を閉じているのよ」

 白い手が俺の額に触れる。

「熱が下がらないようなら、お医者さんを頼んだ方がいいかも知れないわ」

「風邪で熱が出たくらい平気だ。今日、明日寝ていれば治る」

 喋らないの、と彼の女の指が額を軽く突いた。

「あなたがいてくれればよくなる」

「そう言ってくれると嬉しいわ。さあ、おねむんなさい」

 今度こそ素直に目を閉じた。

 ベルナデットは俺の様子を窺っていたようだが、しばらくすると部屋の観察を始めた。猫になったつもりでも、移動する気配が伝わってくる。泊まり込む気のようだから、準備が必要なのだろう。熱と息苦しさに、考えるのをやめた。

 喘ぐようにして、目が覚めた。

「オスカー」

 ベルナデットは俺の顔にまた手を当てた。

「気分は?」

「変わらないかな?」

 目が覚めたのなら、とベルナデットは湯冷ましを差し出し、林檎をむき始めた。相変わらず飲み下すのに苦労するが、水気の多い、ひんやりとした感触は体に潤いと感覚を取り戻させてくれる。

「熱が下がらない。お医者さんに来てもらった方がいいかも知れない」

「今日は日曜日だ。医者だって休みだ。まずは休ませてくれ」

「ええ、あなたがそう言うなら。でも辛かったらきちんと言って、すぐにお医者さんに往診をお願いする」

「ああ、あなたがいれば大丈夫。よくなるよ」

 彼の女がいてくれればそれでいい。ただ、もう、考えるのが辛く、喋るのも面倒だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ