十九
日曜日、と俺は口の中で繰り返した。ぼんやりと『ティユル』は今日は休みと思い出す。
「マダム、日曜日にお使いだてして申し訳ないのですが、急がないので、頼まれてくれませんか? 女中さんにお願いしても構いません。お礼はします」
何でしょう、お医者様をお呼びすればよろしいので? とマダム・メイエは向き直った。
「いえ、医者ではないのです。シャン゠ゼリゼを北に折れた所、コリゼ通りに『ティユル』という洋裁店があります。そこは私の親戚の家です。公現祭を一緒に祝う約束をしていたのですが、これでは果たせそうないので、その伝言をお願いしたいのです」
「あら、そんなものでいいのですか? こうしてお顔を拝見すると大分辛そうですが」
「朝方ですから、まだ頭もぼんやりとして目覚めていない感じがします。様子を見ます」
「承りました。ではムシュウ・アレティンのご希望通りにします。コリゼ通りの洋裁店の『ティユル』ですね。そこの店主にお伝えすればよろしいのですか?」
思考が巡らない。確認をしてくるマダムにあれこれ説明をするのが面倒であったし、伝言を聞くのがベルナデットでもマリー゠アンヌでも大丈夫なはずだ。
「お願いします」
マダム・メイエが下がり、俺は一息ついて、温かいお茶を飲み、一匙一匙、ゆっくりと粥を食べた。粥に過ぎないのに、飲み下すのに苦労し、ずっしりと腹に重く落ちていく感覚がする。それだけ熱があって弱っているのだろう。症状を自分なりに観察した。医者を呼ぶほどの重態ではない。大学や学生街が側にあるから、優れた医学者はいるだろうが、それは学者や研究者であり、往診に応じてくれるか判らない。かといって町医者に知り合いはいない。巷の噂では下手な医者より占い師や産婆の出す薬草の方が効き目があるなんて言われる。大使館に知らせて医者を紹介してもらったらいいのか、どうか。判断を付けられない。
まずは食事と水分の補給をして、もう一休みしよう。
ぼんやりとしていて、時間の感覚がなかった。多分、いくらか眠ったのだと思う。
気が付くと、枕頭の盆の位置や中身が変わっていた。またマダム・メイエか女中が来て、粥の器を下げて、別に茶か白湯を持ってきてくれたのだろうか? 起き上がらず、視線だけで部屋を見回す。まだ明るい。昼くらいか?
「目を覚ましたの?」
問い掛けてきた声に驚いた。瞠目して声の主を確かめ、その後は言葉にならなかった。
「どうしたの? もしかして声が出ないの?」
椅子に掛けていたベルナデットが立ち上がり、俺の顔を覗き込んだ。もしかして、命が危うくなる前の幻覚なのだろうか、それとも既にあの世に居場所を変えたのか。ベルナデットの白い手が俺の頬や額に触れた。ひんやりとした手の感触が現実に戻してくれた。
「どうしてここに?」
「どうしてもこうしても、ここの女中さんが、あなたが昨日の夜から熱を出して寝込んで、苦しそう、公現祭に行けそうもないと伝えに来てくれたからよ。
マダム・メイエが朝に食事を運んだ時もまだ熱でぼうっとしていて、また寝てしまったというから、いてもたってもいられなくて、ここまで来たの」
「それは……、心配を掛けて済まなかった」
「そんなこと構わない。どうせ休みなんだし、今日はわたしがついていてあげる」
余程呆けた面を見せたのだろう。ベルナデットは強気だった。
「わたしがついて看病するわ。あなたとわたしで、明日ここで公現祭のお祝いをすればいいんだし、あなたは何も気にすることないわ」
「あなたに悪い。風邪がうつったりしたらいけない」
「何を言っているんだか。病人が遠慮するものじゃないわ。大人しく養生しなさい」
ベルナデットは何故だか張り切り、輝いていた。俺は手も足も出ず、従うしかない。