五
五月に入ったある日、昼食後の時間に、面会を願う者がいると下士官が連絡してきた。
「お忙しいなら、お断りしても構わないと言っておりました」
「ホップ伍長、その人物の名前は?」
「アンドレーアス・ディナスと名乗られました。ご婦人を同伴されております」
懐かしさが口元に笑みを作らせた。
「こちらを離れるのに少し掛かるので、半刻ほどお待ちいただけるのなら会うと伝えて欲しい」
「了解しました」
乗馬をしようと思っていたが、そこはブラシかけてやるだけにして、馬の機嫌を見ていてくれと、士官仲間に頼んで、厩舎から出た。道具を片づけ、手を洗い、急いで面会場所の建物へ足を運んだ。婦人が連れとは、婚約でもしたのか。鏡くらい見た方が良かろうが、待たせるのも悪い。手紙の遣り取りは続いているが、乳兄弟と顔を合わせるのは何年振りだろう。
兵舎の入口近くにある面会室の扉を叩き、開けた。
「オスカー、久しいな」
アンドレーアスは両手を広げて、出迎えてくれた。俺とアンドレーアスは互いを抱き締めた。
「アンドレーアス、久闊」
互いの進む道は変わっても、共に生活してきた根はどこかで繋がっている。少年から二十代半ばになりながら、昔の面影を見出して、ふと安心する。
「オスカー、馬の匂いがするぞ」
「軍馬の機嫌を取るのも仕事なんだよ」
「ご婦人も連れてきているってのに」
「結婚するのか?」
「違うよ。お連れした方をよっくと目を開けて見ろよ」
アンドレーアスの後ろに佇む女性にやっと気が付き、俺は目を見開いた。
「フロイライン!」
アグラーヤ・フォン・ハーゼルブルグがそこにいた。アグラーヤは苦笑していた。
「お久し振りです。ご機嫌よろしう、アレティンさま」
アグラーヤは優雅に腰をかがめ、俺は慌てて礼をした。
「しがない家庭教師なのですから、そんな丁寧なお辞儀は要りませんわ。
それよりも、乳兄弟どのとの再会をお邪魔してしまって申し訳ございません」
俺は二人に掛けるように勧めた。
「いや、それよりもどうして二人でここに?」
二人は笑った。気が合っているのじゃないのか。アンドレーアスが簡単に説明した。
「フランクフルトに行くのさ。俺は商用で、ローンフェルトさんは一家でしばらく向こうで暮らすというから、家庭教師どのも一緒に引っ越しだよ。
もののついでで、俺も同行させてくれたから、南部を通る時にオスカーと面会する時間をくれとお願いしたら、快く許可してくれた」
「ほう」
「誤解するなよ。フロイラインはあんたに会いたいと言って付いてきたんだ」
補うようにアグラーヤは続けた。
「ええ、わたしからディナスさんに我が儘を言って付いてきましたの」
「いや、アンドレーアスが女性を連れてと聞けば何事かと思ったものです」
「あんただって人のことは言えないだろう」
「全くだ」




