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君影草  作者: 惠美子
第三十六章 あなたのためのわたし わたしのためのあなた
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十五

 一人、スケート靴で立っていられるようになったら今度は少しずつ動けるようにならなくてはいけない。手を離し、またいつでもルイーズを支えられるように手を差し伸べるようにする。

「立てるようになったら……」

 ベルナデットが教えようとすると、ルイーズは掴まってくる。

「少しずつ足をずらすようにして、前に進むんだけど、まだ難しいかしら?」

「やってみる」

 挑戦するのは大切だ。(はた)で見ているこちらははなはだ寒いが。

 何回かバランスを崩し、ひっくり返りそうになり、支え、こちらも巻き込まれながら、ルイーズは氷上で歩くのはできるようになってきた。

「わたしも教えられるほど上手くないけど、大分マシになってきたんじゃないの?」

 叔母とその従兄がついてあれこれ世話したのだから、そうでなければ悲しい。刃のある靴でなければ加減の掛け方が判らないからやらないが、このままでも徒競走の真似事くらいは俺だってできる。多分、ベルナデットもその程度はできそうだ。よちよち歩きの幼児さながらルイーズは悔しそうだが、実際手を借りなければ動き回れないのだから仕方ない。歩けるようになったからと滑り出そうと氷を蹴ったら転んでしまった。打ち身の痛みは堪えるぞ。

「やっぱりいきなり滑れるようになるのは無理なのかしら?」

「誰だって赤ん坊の時は歩けないわ。はいはいをして、掴まり立ちをして、少しずつ歩くのを覚えて、走れるようになる。それと同じよ」

 時間が掛かるんだあ、とルイーズは詰まらなそうだ。スケート靴はヘルメスのサンダルと違う。いや、ヘルメスのサンダルだとて履いて誰でも空を飛べるのか? もしかしたら空中でひっくり返って、墜落するかも知れない。神ならず、神から大いなる愛と祝福を受けたか確かでない、凡なる人間は何でも小さな一歩からだ。道具を使いこなすのにも道具の使い勝手の熟知と慣れが必要だ。

「皇帝陛下と皇妃陛下も初めは転んでいたのかしら?」

 さてどうだろう? スイスの湖畔で育った皇帝陛下は怖いもの知らずの子どもの頃にスケートを覚えたのだろうし、スペイン育ちの皇妃は馬の曲乗りができるくらいだから、運動の飲み込みは早かったかも知れない。

「パティナージュで手を取り合って、氷の上でダンスをなさると聞いているから、きっと簡単なんだろうと決めつけていたけど、とんでもない。難しいわ」

 ダンスをするなら氷の上でする必要はないと思う。

「ルイーズはパティナージュを一緒にしようと約束している友だちでもいるのかい?」

 どうして判ったのか、とでも言いたげな素直な驚き方だ。図星を指されて、もじもじと照れたように、俺の手を掴んでいる力が強くなったり、弱くなったり。

「お友だちでパティナージュができる人がいて、いいなあって思ったから。でもその人は巴里にパティナージュの靴を持ってきていないから、一緒に遊ぼうって訳じゃないのよ」

 その理屈の理解は俺には難しそうだ。お友だちができるなら、その子に教えてもらってもいいのでは思うのだが、見栄やら、何やらあるのだろう。

「かれからパティナージュでダンスをする約束でもされているのかと思ったわ」

 かれ?

 ああ、そういえばそんな相手がいるとかいないとか、聞かされていたな。

「そんな約束していない。ただわたしもできるようになっておきたかったの」

 そんな背伸びもしてみたいのだな。年少といえどもルイーズも巴里娘(パリジェンヌ)、相手を惹き付けるにはいつでも颯爽とした姿でいたい。

 俺だってベルナデットの前で、如何にルイーズに引っ張られたからといって、無様に氷の上で手を着きたくなかった。

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