十四
顔を見合わせ、苦笑いした。
シャン゠ゼリゼ大通りを横切り、南に進むと、セーヌ川に着く。アルマ橋の近くまで来ると、人が集まっているのが判る。セーヌ川に沿ってアルマ橋側の岸からコンコルド広場まで王妃の中庭と呼ばれる公園がある。謂れが古いらしいがよく知らない。川沿いの遊歩道といった趣だ。
先に着いたルイーズがこちらを振り返った。
「早く、早く見てみてよ。セーヌがすっかり凍っている!」
俺たちの歩みを促そうと、驚きと喜びが混じり合ったさえずりが掛けられる。セーヌ川を見下ろすと、成程川面はすっかり凍り付いている。どれほど厚く氷が張ったか、向こう岸のオルセーまで徒歩で渡るのに全く心配はなさそうだ。氷の下に流れる水は目に見えなければその冷たさを恐れる必要はない、とばかりに多くの人々が――子どもも大人も――セーヌの上にいる。スケート靴を履いた者もいれば、履いていない者もいる、そりを持ち込んで子どもを乗せて引いてやっている両親らしき姿もある。ロバの引いた荷車まで氷上を進んでいる。
「早速、滑ってみる」
とルイーズは王妃の中庭の片隅にうずくまって、靴を履き替えた。
「裾を気にしなさい」
ベルナデットは年長者らしく注意する。大河が凍り付くほど冷え込んでも雪はない。それでも凍った場所を歩き回った足跡で濡れて泥だらけになった場所ができているし、女性の足元を眺めたくなる輩はどこにでもいる。
スカートを折り込むようにしてかがんでいたルイーズは、「できた」と勢いよく立ち上がろうとして、よろけた。慌てて支えてやる。
「ちょっと大丈夫。ゆっくりよ、ゆっくり」
「うん、判った」
左右の足の刃一本ずつに体重を預けて立ち、歩くのに慣れていなければ危うい。何事も少しずつ覚えなくてはいけない。
「パティナージュ用の靴を履いたからって、すぐに滑ることができる訳じゃない。まず川に降りるまで一緒行こう」
うん、判ったと、なんとも頼りない返事をもらって、ルイーズの手を取り、セーヌに降りた。どこか氷が薄くなっているのではと案じる必要はなさそうだが、昼間の所為か、多くの人が通った所為か、うっすらと表面が解け濡れている所もある。転んで濡れないように気を付けなくては。と、そこかしこに注意を払っていれば、氷上でもうまく姿勢を保てないルイーズが、変な声を上げて、袖を引っ張った。
「危ない!」
こちらまで巻き込まれて、態勢が崩れた。かなりの衝撃だ。膝と片手を着く程度で済んで良かった。氷に頭や体を強く打ちつけたら堪ったものではない。
「ごめんなさい、お兄さん」
「いやいや、驚いただけだ。まず立とう。立てるかな?」
ルイーズを立ち上がらせた。ベルナデットは気が気でないようだが、掴まられて巻き込まれないぎりぎりの距離を取っている。賢いやり方だ。
「立てるのなら、まずオスカーの手を離しなさい。一人で立てるようになったら、まず滑るんじゃなくて、少しずつ進んでみて」
「いきなり氷の上は早かったか?」
「そうかも」
「戻る?」
ルイーズは首を振った。
「ここで頑張ってみる」
川岸に戻るのにも俺の手を借りなければならないのなら、ベルナデットの手前、気が引けるだろう。ルイーズは一人、刃の上にバランスを保って立てるよう、姿勢と重心をどこに持っていったらいいのかといった具合にふらふらとして、俺の手をなかなか離せない。スケート靴ではない俺たちは平らな靴底で氷上に踏ん張っているが、摩擦が効かずにいつスッテンコロリンとなるか、それともぴったりと川に凍り付くか、これはこれで緊張感がある。




