十一
夜空に瞬く星は凍てつく冷気を大地に放射するがごとく、孤高の眼差しを投げ掛けてくる。星と星との間にどれほどの距離があるのか計り知れないが、地に棲む者はじたばたあがいて一つの都市の館を行ったり来たりだ。
冬の星座が巡り、夜半を過ぎれば春の星座が差し掛かってくる、のだが、確かめる気力もなく、大使館の通用口から自分に宛がわれた部屋に転げ込み、眠りの恵みを受けた。夢の現れない闇。
何かを感じ取ったかのように目が覚めた。跳ね起きて何もありはしないと周りを見、慌てて時計を見る。時間の経過が――よく眠れたかの実感がない――、恨めしい。今日こなさねばならない行事が気に掛かっていたかと、大きく息を吐いた。顔を洗って、丁寧に髭をあたる。ラ・パイーヴァの屋敷での享楽の影を全て拭い落とした。
部屋を出て、まずは大使館の面々に新年の挨拶だ。
「お早う、無事に新年を迎えられておめでとう」
「新年おめでとう」
「よい年になりますよう」
ゴルツ大使は威厳を保ちながらにこやかに言葉を返し、シュタインベルガー大佐もハウスマン少佐も機嫌が良かった。新年くらい誰だって気分よくしていたい。
「テュイルリー宮での祝賀会へ出発するまでまだ時間があるからゆっくりしたまえ」
と大使から言われ、俺は食堂でコーヒーとプレッツェルを摂ることにした。腹ごしらえをすると幾らか頭も体もマシに動くような気がする。
きっちりと正装に着替えて、皆でお出掛けだ。年の始めに相応しい、清々しい晴天だ。その分、吹く風は氷のようで、痛みさえ感じる。テュイルリー宮殿の祝賀会場には各国の大使たち、巴里に滞在する貴顕らが並び、万国博覧会の褒賞授与式の時とはまた違った緊張感があった。東洋から来た日本の使節は、袖の長いというか大きな礼服だ。襟を重ね合わせる服の上に、違う仕立ての上着を重ねて、同じ東洋の清の服と似て非なる感じだ。
粛々と祝いの儀式は進み、皇帝と皇妃が祝詞を述べた。あと幾つ次第があるかと残りを数えながら、沈黙を守る。
終われば解放。肩を回して伸びをするのは控えなければならないが、体を動かさなければ凍り付きそうだ。ゴルツ大使に付いて皇帝夫妻への謁見、ほかの大使たちへの挨拶と宮殿をぐるぐると回った。途中リオンクール侯爵を見掛け、あちらも俺を認めたが双方足を止めず、目礼で済ませた。マダム・ド・デュフォール、ポーリーヌ、彼の女はいるのだろうか? 落ち着きのない様子を見せる訳にもいかず、ここは堪えた。
すっかり忘れていたもう一人の巴里の女神。彼の女は誰と降誕祭を過し、新年の陽光を浴びたのだろう。
俺が感傷的になったのは一瞬だった。大使が移動する。俺は注意を払い、また職務に徹した。
新しい年に改まった喜びは初日に祝い、また翌日から欧羅巴は日常に戻る。降誕祭の続きの一日、これから公現祭があって年末から年始の行事が一通り終わる。
「年齢の所為か、この冬は寒さが厳しく感じる」
ゴルツ大使と話しているフランス貴族がそう言った。
「ああ、あなたもそう感じますか。私だけが寒がっているのではなかったようだ。しかし年を取りたくないですな」
「まだまだお若いですよ。しかし、この時期は用心するに越したことはありません」
年配者の会話だ。
鼻で笑いはしないが、自分とは縁がない。勝手にそう決め付けて、他人事のように眺めた。




