八
軽い朝食の後、俺はベルナデットに話し掛けずにいられなかった。
「降誕祭前に片付けなければならない仕事が多くて多忙だったと聞いていたのに、レープクーヘンを作るのは大変だったんじゃないか?」
「そうね」
ベルナデットの青い瞳は感情を映し出す窓、俺を惹きつけて止まない光を宿す。彼の女の心の動きを見逃すまいと、目が離せなくなる。ベルナデットの唇は自然な弧を描いて、やさしい声と柔らかな唇の動きを伝えてくる。
彼の女だけを見詰め、語らい、触れられたらどれだけいいか。
いや、伯母の家に来ているのを忘れはしない。ここには伯母たちがいて、お針子たちがいる。勝手に二人きりの気分で盛り上がるのは礼儀に欠ける。
「さっきの話だけど、公現祭にはこちらに来られるのね?」
「ああ、そのつもりだ。元旦は宮廷の祝賀会だから前日から打ち合わせや準備に動かなくてはならないし、挨拶回りも多少予定があるが、公現祭なら何とかなるだろう」
「なるだろうではなくて、必ずと言って欲しいけど、我が儘は言えないわね。上つ方ほどお祝い事や催し事が好きだから」
ベルナデットは目を伏せた。
「そんな寂しそうな顔をされると、俺も辛い」
ちらりと視線が走り、ベルナデットは肩をすくめた。
「あなたにばかり構っていなければ寂しくならない、それは頭では判っているの。ここには母も姉もルイーズもいて、仕事があって、それなりに忙しく過している。ここの所会えていないけれど、友だちだっている。だから休みに
出掛けるのにあなたを当てにしなくてもいい」
「友だちは女性なのか?」
俺の言葉に何を感じ取ったのか、ベルナデットはとぼけた答え方をした。
「さあ?」
ベルナデットは俺の反応に可笑しそうだ。巴里娘の微笑に上手く引っ掛けられたか。ここはベルナデットの生まれ育った地だ。隣近所の顔見知りや幼馴染、男女それぞれいるだろう。神経を尖らせるほどのことではない、と俺は自分に言い聞かせた。
「俺の言い方が悪かった。世の中は男女半々でできているから、あなたの知る人たちが女性だけと言えないな」
「あら、難しく考えなくてもいいのよ。誘い合って出掛けよう、お茶を飲みにいらっしゃいと声を掛けるくらい親しいのは女だけ。男性の知り合いは仕事関係か、友だちの旦那さんやお父さんよ」
マリー゠アンヌが話に入ってきた。
「心配なさった?」
「いえ……」
「心配そうな顔をしてましたよ。
大丈夫です。ベルナデットは好きになったらもう一筋に打ち込んじゃう。ほかには目もくれない。逆に気を付けた方がいいかも知れないわ」
男として嬉しい状態、と言うものなのだろうか?
「アンヌったら酷いわね」
ベルナデットは異父姉を叩く真似をし、姉もまた妹の手を払おうとする。
「あらあら、オスカーへの贈り物をどうしようとか、レープクーヘンを作ってみると大騒ぎするやら、大変だったじゃないの?」
人に寄せる好意というものは大きな原動力となるのだと、改めて感心せざるを得ない。
どこか他人事のようで、自分もまた同様である自覚が薄かった。




