七
「焼き上げたら、ひび割れているし、天板から出そうとすれば割れちゃうし、もう普通の焼き菓子の大きさに割ってしまって、アイシングで飾ったのよ」
悪戯を見咎められた子どものようなベルナデットの姿に、胸の内から湧き出す温かい流れをなんと表したらいいのだろう。
ベルナデットは俺を驚かせ、喜ばせようとして、レープクーヘンで降誕祭の菓子を作ろうとした。クッキーなど焼き菓子を作った経験があるのだろうから、その要領でと考えたのだろう。俺自身は作ったことはないが、レープクーヘンは生地を寝かせた方がいいとか、均等な厚さに伸ばさなくてはいけないとか、お菓子の家の形にするには骨があるらしい。卵白を接着剤に使って組み立てるのだって細心の注意がいるはずだ。
「生地を練って、天板に入れる時になって、形をどうしようなんて、慌てて型紙を切って、生地の形を整えたのに、残念だったわよねえ」
ルイーズが代わりに作成時の苦労を教えてくれる。
「もう! 言わなくていいんだから」
「いいじゃない、オスカーに充分あなたの気持ちは伝わったわよ」
マリー゠フランソワーズのやさしい言葉に俺は同意した。
「ええ、ベルナデットが頑張ってくれたのが伝わります。
俺もお菓子の家なんて言わなければよかった。レープクーヘンの生地でどんな形に焼き上げたっていいんだから」
「そこは言わなくていいわ」
ベルナデットは口角を下げて見せた。余計なことは言わないで、彼の女を褒めるのが一番いいだろう。
「故郷のお菓子を有難う」
「お口に合うといいのだけれど」
「あなたが作ったのだから間違いはない」
お針子の一人が笑い、隣にいるお針子と肘で突き合った。
「アンヌが味見をして美味しかったと言ったのだから保証付きだ」
下らん話題のタネを提供していたところで、こちらの腹は温まらない。伯母が声を掛けた。
「さあ、皆でいただきましょう」
ベルナデットの作ってくれたレープクーヘンは程よく甘く、香りよく、実にうまかった。俺を想って、彼の女の白い手が粉を篩い、蜂蜜を溶かし込み、スパイスを散らして生地を練り、天火に入れた。焼き上げ、熱が取れたら、飾り付けをし、きっと俺が口にしたらなんと言葉を発するかと、心を弾ませていただろう。今もまたベルナデットは俺を見詰め、思い出したように茶を飲み、皿に手を伸ばす。レープクーヘンの香りと共に彼の女の込めた想いが身に沁みていく。
「軽く済ませるなんて勿体ない、美味しいレープクーヘンだ」
ベルナデットは安心し、嬉しそうだ。あなたは少しも不安がる必要はない。あなたは俺にとっていつも完璧だ。
「有難う」
「厨房で張り切った甲斐があったわね」
伯母の母親らしい一言があった。暖められた大気のふわりとした俺の心地とは全く違う、風見鶏みたいにベルナデットにくるくると振り回された感想があるのかも知れない。風味付けのジンジャーの香りを好む者と、刺激が強すぎると敬遠する者がいるのと同様、それぞれ思う所に差がある。
「慣れないことをするものじゃなかったわ」
謝るでもなく、ベルナデットは言った。
「でも、公現祭のお菓子は得意よ」
降誕祭のひとときなのに、もう年明けの行事に準備する菓子の話か。公現祭に付き物の菓子は王様のガレットとか言っていた。元日は大使たちとテュイルリー宮に行かなくてはならないが、公現祭の一月六日にはここにいられるだろう。
「歯に気を付けて、期待している」
ベルナデットは約束してくれたのだと思ってか、また瞳に光が灯ったようだ。
「オスカーったら、王様を引き当てる自信があるのね」
そんな軽口が飛び出して、笑い声が響いた。