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君影草  作者: 惠美子
第三十六章 あなたのためのわたし わたしのためのあなた
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 伯母の部屋で応接用に使っている所で座っていればいいのよと、ルイーズに背中を押されて二階へ行くと、お針子たちがお喋りをしているのが聞こえてくる。一仕事を終えて、夕餉までの間の空き時間を潰しているのだろう。

「お家に帰った人もいるの」

 とルイーズが説明してくれた。大き目のカップにお茶を注いで卓に置くと、続きがあるからと階下に戻っていった。馬車や汽車に乗って実家に帰るお針子たちがいて、こうして勤め先で降誕祭を過すお針子たちがいる。親きょうだいや親族と顔を合わせるのが楽しみなのかどうかは知らない。もしかしたら帰省せずに巴里で降誕祭を迎える方が余程気が楽と思う者もいるかも知れない。祭りは息詰まる儀式ではない。(経理係はとっとと帰宅したそうだ)

 すぐに片付けは終わったようだ。朗らかな声と、階段を上る足音が近付いてきた。

「お待たせしました。

 改めて、こんにちは。降誕祭を迎える慶びをあなたに」

 大袈裟に伯母が手を拡げて俺の肩に伸ばした。それに応えて、俺も手を伸ばす。

「ご機嫌よう、伯母上。降誕祭の祝いのお招き、有難うございます」

「こうして集いがあるのは嬉しいわ」

 これから迎える祝いが、心を高揚させる。誰もが穏やかに微笑んでいる。

 ラ・ヴァリエール家の四人と残ったお針子たち三人、それと俺、食堂に集まって、降誕祭前の晩餐の席に着いた。料理は女性陣が代わる代わる運び、水や葡萄酒を注ぐのは唯一の男手の俺が務めて、和やかに食が進んだ。

 いつもは物静かなお針子たちもお喋りに加わってきて、食卓は賑やかだ。

「ムシュウはプロイセンからいらしたんでしょう? 葡萄酒とビールと、どちらがお好みなんですか?」

「どちらも好きだ。万博ではフランスの葡萄酒の格付けがされているから、色々と楽しみたいね」

「オスカーったら、飲み過ぎたらいけないわ」

 おや、お針子たちに愛想を売り過ぎたか。それとも酔っているように見えただろうか。

「心配してくれて有難う」

 ベルナデットに顔を向けると、彼の女は拗ねたように肩を上下させた。一緒の空間にいるのだから寂しがらないで欲しい。皆の前でお互い見詰め合っているのも変だろう。ここではそれぞれと言葉を交わさなくていけない。親族や親しい者たちとの集まりには気を遣う。

 晩餐が終了し、俺は大きな皿や空き瓶を下げるのを手伝った。後は座っていてとまた放り出された。自宅での食事で、皿洗いは省略できないからなあ。

 再び揃って、てんでに好きにお茶や酒を用意する。

「お腹いっぱい」

 とお針子やルイーズが言っている。メインの肉料理の鶏のローストは俺が多くより分けて食べたが、焼き林檎やメレンゲ菓子はこちらが驚くほどルイーズたちが口にしていた。あれだけ食べたらこなれるのに時間が掛かるだろう。

「降誕祭の贈り物を皆さんに」

「わたしたちからも贈り物があるわ」

 綺麗に包まれた品々を手渡し、歓声交じりで包みを開いた。

 それぞれが贈られた品をはち切れそうな喜びで眺め、感謝の言葉と接吻を交わした。

「有難う、オスカー」

 ベルナデットが手にしたスカーフを胸元に飾る仕草をして、微笑みかけてくる。

「気に入ってくれたようでこちらも嬉しい。あなたからのもらった時計用の鎖、早速使うよ。大事にする」

「そう言ってもらえて、わたしも嬉しいわ」

 額と額を合わせて、接吻の代わりにする。もし唇を寄せたりしたら、家族の目を忘れてしまいそうだから。

「ミサの時間までまだ時間があるから、ゆっくりしましょうね」

 留守番をすると申し出るのもおかしいから、ミサにはご一緒しよう。女性の夜歩きは危険なことだし。

 クリスマスツリーやブッシュ・ド・ノエル、アドヴェントカレンダーがフランスに定着したのは普仏戦争の後あたりからだそうで、ここには書きませんでした。

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