三
慌ただしく十二月は過ぎていく。週が明けて月曜日、朝、やっと寝床を抜け出してカーテンを開けながら空模様を見る。曇か。霧でぼやけている。晴れていない分、冷え込みが幾らかマシなような気がする。冬至を過ぎたからと急に日の出が早くなる訳ではないのだが、これから陽光を浴びる恩恵が長くなると、気持ちが安らぐ。
月曜日といっても明後日には降誕祭だ。信仰心をよみがえらせ、敬虔な心で迎えたい。隔てなく、あまねく恵みをもたらす日の光が霧を晴らし、道を指し示すがごとく、悪徳に惑わされず眼を澄ましたい。
今日は業務連絡をすればお役御免。それから降誕祭までは私事を優先すると決めている。今まで余裕がなくて準備ができなかったが、市場や小間物屋を覗いて、ベルナデットたちへの贈り物を手に入れたいし、アンドレーアスやディナスら昴の屋敷に残る者たち、アグラーヤへの巴里の便りくらい送りたい。『ティユル』で働くお針子、経理係にも挨拶程度に手渡す品くらい用意しなければ、愛想が悪いだろう。降誕祭では気前よく博愛を示さないと、博愛を受け取る側なのかとおかしな顔をされてしまう。ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵にはとても及ばないが、こちらも何も持たない身ではない。
日が昇り切るまでのんびりと自室で寛いで、大使館へ赴いた。降誕祭から公現祭まで平穏無事に過したい心境は誰しも同じだ。未済のままになっている事案がないか、今後の予定とその準備がどの程度必要かと確認する。伯林へ、次の報告は何時何時になると書面と電文の両方を作成し、電信を完了させれば解放だ。
「一月一日のテュイルリー宮での祝賀会には参加すること」
とシュタインベルガー大佐から念押しされて、復唱した。
「よい降誕祭をお過しになれますように」
と、清々した顔で大使館を出た。
このまま右岸に進んでブールヴァールで気の利いた装身具などを見繕おうか。それともボン・マルシェのような所の品がよいか。
奇を衒っても仕方がない。付き合いも長くなった。『ティユル』の人たちは贅を凝らした物を渡されても戸惑うだけだろう。実用的な品よりも突飛な物が面白いなんていうのは子どものルイーズくらいではないか。驚かせるよりも本当に喜んでもらえそうで、気持ちの上で負担にならないように、堅実に贈り物を選びたい。あちこちの店を回ってみるよりも、百貨店一つで全て見繕えれば便利だ。いちいち外商を呼びつけて注文を付けるよりも身軽でいられる。
辻馬車を拾ってボン・マルシェに到着すると、予想以上に混雑しているのに面喰った。しかしここまで来て別の場所に行っても混雑は同じなのだろう。場内案内で、目当ての品々の売り場を頭に入れ、覚悟を決めて人の波から身をかわすようにして進んでいった。売り場ごとに飾られている装飾品や小物、衣装を眺めつつ、これはベルナデットに似合うだろうか、それともマリー゠フランソワーズだろうか、身に着けたらどうかと想像してみようとするのだが、どうもうまくいかない。当人がいないで見立てるのは難しい。髪や瞳の色、年恰好を言って店員に相談するのが手っ取り早いか。
伯母には肩掛け、マリー゠アンヌにはスカーフ留めにも使えそうなブローチと、お針子たちと飴など菓子を詰め合わせ、経理係とルイーズには文房具と時間を掛けずに決められた。ベルナデットには……、皆と同じように選ぶか、もっと吟味しようか、百貨店に並べられたノエルの贈り物用のきらびやかな品々を前に、定まらない。
どんな贈り物をしようと、ベルナデットとのこれからが定められる訳ではない。
そのくせなんだ!
高価な物で期待させてはいけないと戒める声と、家族と同程度の物では彼の女を失望させないかと危ぶむ声が、二つある。
迷うだけ、ベルナデットの存在は俺にとって大きい。
ベルナデットは俺から受け取るばかりでは嫌と、言っていた。単なる降誕祭の祝い事、あちらだって何か手渡す品を準備しているかも知れないのだ。気楽に決めたとて構わないだろう。
あちこち売り場を行き来し、矯めつ眇めつしながら、やっと幾つあっても困らないだろうと思える、色違いのスカーフを二枚選んで包んでもらった。
競馬で賭けるよりもより慎重に、そして結果を待とう。