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君影草  作者: 惠美子
第三十六章 あなたのためのわたし わたしのためのあなた
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 風が吹くと冬の寒さがいや増す。吹き込む冷気に、酔っていても凍えそうになる。

「おお寒い」

 傍らの新聞記者のグラモンは大袈裟に肩を震わせた。

「夜会のご婦人方は肩も胸も出しているから、宴席でどれだけ暖房を効かせているのやら。素肌を晒すような恰好をしていたら、立派な毛皮の肩掛けを羽織っていてもすうすうするんじゃないのかね」

 ボーションはしかめ面をしている。

「見栄で着飾る女性たちが見栄の為に体を壊したって後悔しますまい」

 ラ・パイーヴァの屋敷で共に飲み食いしたのに、若いボーションは有難がるより批判したくなるらしい。くそ真面目に持てる者は持たぬ者に施すべきだと主張し続ける。正論ではあるが、俺たちは場に相応しい恰好こそすれ、手ぶらで行って、豪勢な食事と酒で体を温めさせてもらった。ラ・パイーヴァの、いや後援者のヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵の散財でこちらの腹は膨れたのだし、オスマン知事の危うい立場についてのこまごまとした情報、金融関係、その他を得られて、こちらに誂えた衣装代以上の見返りはあった。新聞記者たちにだって記事にできる話は幾らでもあっただろう、何も拾えなかったのなら、記者を辞めてどこかで貴族や資本家を糾弾する運動に励んだ方がいい。俺は俺の職務が大事だ、ボーションの不満に口を出す暇はない。

「プロイセンの方は相変わらず無口ですね」

「言葉を惜しむのです」

「黙っていたら意見がないと思われます」

「それは確かですが、世の中正論だけで渡っていけると思っていませんのでね」

 ボーションは口をひん曲げ、そして笑った。

「なかなかの返しです」

 そうかね? 機知(エスプリ)で言ったつもりはない。頭でっかちめと、グラモンも笑っているようだ。

 酔いの醒めぬうちに別れて、寄宿先に戻った。

 もう十二月。暦を眺めて、聖ニコラウスが来るだろうかとか、降誕祭はどう過そうかとか、胸躍らせる年齢ではなくなって久しい。出席しなければならない行事や催しが今月中にあと何回あって、詰まらない相手と顔を合わせなければならない、断れない、報告や個別の清算はいつまでだと、恨めしい気分になる。

 市中は降誕祭に向けての売り出しをして華やかなのに、俺には巴里で初めて過す冬に浮かれる暇がない。勿論自分が物見遊山の御曹司ではないと弁えている。誰にも不満を漏らさない。胸の内で愚痴を呟く分には傲慢になるまい。

 しかし、寒い。四肢の末端からしんしんと冷えが忍び込む。冬至が過ぎるのが待ち遠しい。

 士官学校や南部軍団にいた頃に雪中の軍事行動の訓練をしていたが、装備が違うし、共に声を出して行動する仲間がいた。寒かったが心強く、血潮は燃え立つようだった。軍団で破目を外して遊んでも、都会から離れた場所で軍律もある。多寡が知れていた。それに対してここは光の都と呼ばれる花の巴里。雪が舞おうと、池に氷が張ろうと、夜っぴて遊ぶ方々は大勢いる。付き合わざるを得ず、不摂生が続いている。それが身に堪えるようになったのだろうか。よい年齢の重ね方をしたいものだ。

 帰宅して、点した灯に手をかざして温めながら、部屋に入る。これ以上何もする気にならない。部屋を暖める手間を惜しんで、靴も揃えず、脱いだ服を雑に払って重ねると、氷のような寝床にもぐりこんだ。

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