六
「神妙な顔をしなくていいのよ」
マリー゠フランソワーズは口の端をわずかに上げた。
「ベルナデットもあなたもいい大人、あなたたちで解決できるでしょう? ただ大切な家族を振り回したり、嘆かせたりしてもらいたくない。それはお判り?」
弾丸が命中した気分だ。
「はい」
「あなたにも立場や体面がある。でもわたしたちにも名誉を重んじる自尊心とここでの生活がある。それだけは忘れないで」
弾丸は重く冷たい。
「ええ、肝に銘じます」
巴里での秋、冬はどう過すのかと会話をしていると、ルイーズがマリー゠アンヌと花を活けた花瓶を持って入ってきた。無事店は閉めたようだ。
「温室で咲かせたのね。寒い季節が近いのに薔薇が綺麗」
何の気なしに、ご婦人が喜びそうな華やかさで決めてしまったが、万博会場の薔薇園にベルナデットと二人で行ったのをここで思い出した。
続いて茶道具を持ったベルナデットが来た。一人で五人分は大儀そうで、俺は席を立ったついでに行って、運ぶのを代わった。
「有難う、オスカー」
卓に盆を置くと、ベルナデットは紅茶を淹れ始めた。
「いただいたお菓子も一緒に。まだ夕食に時間があるからいいでしょう?」
ルイーズも手伝って紅茶と焼き菓子が行き渡った。
「いただきましょう」
お茶の間、専らルイーズが囀り、場が明るかった。
「これから木の葉の色が変わって落ち葉になって、霜が降るようになる。冬になると池が凍って、凍ったらそこでパティナージュをするのよ。ブローニュの森の池で皇帝陛下と皇妃様が滑ることもあるの」
ナポレオン3世が氷の上を滑って遊んだりするのか。それは知らなかった。
「冬物の誂えはやはり仕上げに手間が掛かるのですか?」
「それはもう大変!」
一通りの近況報告のお喋りが終わったあたりで、さり気なくマリー゠アンヌが尋ねた。
「晩ご飯はどうなさる? ご一緒に?」
「いえ、突然来て厚かましい真似はしません。帰ります。
しかし、ベルナデットともう少し話がしたいので、彼の女をお借りしてよろしいでしょうか?」
ルイーズが目を瞬かせたが、予想された返事であったようで、伯母とマリー゠アンヌがそっと目配せした。ベルナデットが驚いた素振りも見せずに、あらまあ、と呟いた。
「よいのじゃないかしら? 晩御飯の当番ではないのだし」
「そうね、どうしましょう」
戸惑った振りをされても困る。
「晩ご飯まで掛かるのだったら食べていったら、お兄さん?」
黙っていないさいとマリー゠アンヌからたしなめられて、ルイーズは大仰に肩を動かした。
ベルナデットは首を傾げた。今日断ったとしても、いつかは応じなければならないのだから、勿体を付けないで欲しい。男からの申し出に即答せずに躊躇ってみせるのが女性らしい振る舞いだと信じているのか、それとも母や姉の前では嗜み深くしていなければならいとしているのか、女性は面倒な手続きが多すぎる。何かと時間が掛かる。急かしたいのは我慢だ。
女性に関わると厄介、軛となる。以前からそう感じているし、今もそう、微かな苛立ちがある。しかし彼の女だと一人の人間、その意志と感情を軽んじられるか。俺はベルナデットへの執着をまだ断ち切れない。人間は――俺は矛盾の塊だ。




