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君影草  作者: 惠美子
第三十四章 いずこも同じ秋の夕暮れ
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 苛立ちが隠せない。ベルナデットの気持ちに沿うにしても、全てとはいかない。俺は俺であり、ベルナデットと感性も思考も同一にできない。待つのが嫌で何かしたいと望んで、寛いでもらおうと家の中を整えて俺を出迎えようとするのは、やはり「待つ」ことになるではないか。大きな矛盾だ。それが判らぬ女性ではなかろう。

 ベルナデットが今の立場に加えて家政婦のように俺の世話を焼いていたら、それこそ大変な負担になる。

 俺とて彼の女と一緒にいたい。

 対等な関係でいたいのなら相手に縋り付く真似をしてはいけない。あくまでも自分の領分を保ち、歩調を崩さず付き合うべきだ。

 原初の神々が持てる力を恐れて切り裂いてしまったとギリシアの哲人が伝える、男女の結び付いた双面の生き物ではあるまいし、四六時中ぴったりと側に寄り添うのに果たして我慢できるだろうか。共に過すのが喜びで、身を切られるように離れるのが辛いといって、いつも二人で同じことをしたいかと問われれば、違う場合もあるだろうし、知られたくない事柄だってあるだろう。お互い仕事の事細かな内容は口にしないし、尋ねもしない。

 夜会服の意匠で、どんなレースで縁取ろうかとか、刺繍を入れたらいいか、布地の色に対して色を際立たせた方がいいかなど、口頭で説明されようが、素材を並べられて相談されようが、俺には差が理解できず、意見できない。完成品を見せられてから粋かどうか見分けが付く程度だ、きっと。

 そして彼の女だって散策するでなく、郊外を歩き回り、目印の城壁から城壁、或いは川まで何歩あり、地質は固いだの粘土質だの観察するのは詰まらないだろう。宮廷に出入りするにしてしも、広間に通じる階段は急か緩やかか、何段あるか記憶し、各国大使や官僚の世間話に機密が紛れていないか聞き耳を立てる姿は知られたくない。

 一時(いっとき)職務を忘れ、縛めを解き放ち、無心に向き合う。だからこそこうして過すのが蜜のように甘く、濃い時間となる。

 いつもと変わらぬが重い、それぞれの役割を果たしてきているからこそときめきに胸が弾む。責任を放棄して、その後はない。長く抱き合っていたいなら、日常を壊さぬように日々の勤めをこなしていかなければならない。

「何故あなたはそんなに思い詰める?」

「思い詰めている訳じゃないわ」

「では焦っている」

「焦るなんて……」

 ベルナデットは目を見開きながら、その実自身の心の内を覗き込むようだ。

「俺があなたに会いに来て、遊びに誘うのに不足があると言っているじゃないか。

 共に過したい。一緒に暮らせたらどんなにいいか、俺だって思わないではない。だが、すぐに実行できる事柄ではない。俺はプロイセン国家に忠誠を誓って、上からの命令に従わなければならない身だ。

 あなたはフランス人だ」

 ベルナデットは視線を逸らして、空を睨んだ。

「わたしたちの国が違うのは初めから判っていたでしょう。それをここで言うのはずるい」

「ずるいとかではなくて、俺たちの仲をどうするか、性急に決めつけないで欲しいと言いたいだけだ」

 青い瞳に怒りが宿った。

「わたしの間違っていると決めつけたいのね!」

 ああ、女性がこうなったら理屈が通じなくなる。

「ひどい、ひどいわ。どうしてあなたとお付き合いしてしまったのかしら。

 またラ・ヴァリエール家の女たちは男運が悪いと、他人(ひと)(さま)から笑われるんだわ。オスカーが巴里にいる間だけの付き合いで、何年かの赴任であなたはプロイセンに戻っていって、そこで家柄のいいお嬢さんと結婚して、わたしはまた巴里で悲嘆に暮れるのよ」

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