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君影草  作者: 惠美子
第三十四章 いずこも同じ秋の夕暮れ
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 見る間にベルナデットは萎れた。驚かせたかと慌てた。しかし、(こうべ)を下げたと思いきや、顔を上げ俺を強い眼差しを向けた。

「貴方がわたしをどんなにやさしく扱ってくれているか判っています。

 わたしは貴方と対等でいたいと考えているだけです」

 俺は目をしばたたいた。男性は女性よりもより多く権利を持ち、力を振るえる立場にある。法的にも、慣習の面でも不利になりやすい、彼の女と女性ばかりの家族を俺が守るのは義務でもある。俺名義の財産はベルナデットと二人、働かず、遊んでいたとしても尽きはしない。気兼ねする必要はなし、快く受け取ってもらいたい。

 ベルナデットはまた眉を寄せた。さっきとは違い、かなし気だ。

「わたしは力もないし、お金だって大して持っていない。ちっぽけよ。

 でも感情も魂もある。脈打つこの身に血が流れている。貴方と同じ人間です。

 人間として対等でありたい」

 ベルナデットは真剣だ。小さな声でも発すれば空気を震わす。蟻のように非力でも、噛みつけば獅子は痛がる。

 だが俺の掌の中に包まれ、風に揺れるしなやかな小枝。指に力を入れれば難なく折れてしまいそうなか細さで、樹の幹と変わらぬと訴える。

 精一杯の主張をどう受け止めよう。

「あなたといれば充たされた気持ちになる。それに代わる喜びはない。だから思い詰めないでほしい」

 青い瞳に微笑む光が点らない。

「そうね、わたしは貴方の役に立つように立ち回れない。巴里のお針子」

「役に立とうなんて考えなくてもいい。

 第一、俺があなたの何の役に立つ。ミシンを買うのに資金を出すかどうかくらいで、顧客をもてなしたり、意匠を考える手助けをしたり、布地や糸を仕入れるのに問屋と交渉したりはできない。全くの役立たずだ。

 そんな俺があなたの側にいられる時に、できるだけあなた喜んでもらおうと、飽きられまいと、懸命になっている」

 ベルナデットは首を傾げるようにして考え込む。

「あなた自身が喜ぼうとするのにも熱心よ」

「あなた」と呼び方が戻ったが、随分とはっきりと口にしてくれる。ベルナデットだって拒まないし、積極的になることもあるじゃないか、とは返さないでおく。

「そんなふうに言われるとは心外だ」

「気を悪くしたならごめんなさい。あなたばっかり負担が大きいんじゃないかと、わたしの心に重たく感じるの」

 ベルナデットは無欲で健気だ。そのままで清らかに花は咲き誇る。

「マ・シェリ、俺は負担を感じていない」

 ベルナデットの曇りは晴れない。

「わたしの気持ちの所為よ」

 と煮え切らない。

 女の堂々巡りに付き合っていられるほど忍耐強くない。つい言わずにはいられない。

「俺の気持ちを受け止められないのなら、しばらく会いに来るのは止めよう。あなたの気が済むまで会うのを控えよう」

「そんな極端よ!」

「極端ではない。あなたが俺に負担を感じるのは、俺が良くないことをしているからだろう? 俺にとっては当たり前の心尽くしで、あなたに心配を掛けないように心掛けているのに、判ってもらえない。

 俺は楽しくない。だが態度の改めようが判らない。それなら距離を置いて考える」

「ああ、もう! どう言ったらいいの!」

 知るものか。

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