四
「予定より早く出られたから、寄った。お客様が来ているのに悪かった」
「もうお帰りになったのだからいいのよ」
俺はベルナデットを抱き締め、頬に唇を寄せた。ベルナデットからの接吻のお返しを受けて、一旦彼の女を離した。
「後片付けがあるから、少し待っていてね」
とベルナデットが戻っていった。
平日に訪ねる時は店を閉める前後が多く、この季節だと陽が沈むのと同じくらいだ。これからは暗くなるのがどんどん早くなる。でき得るなら自然の光の下、彼の女の姿を確かめたいと、秋風に吹かれる木の葉のように心が乱れるのを、笑ってくれるな。
マリー゠アンヌがこちらに顔を見せた。
「こんにちは。立っていないで、掛けていてくださいな。
通りを歩いて来るのに気が付いていたのですけど、ベルナデットが担当していたお客様でしたから抜けさせるわけにはいかなくて。
片付くまで待っていてください」
「押しかけた側ですから、気にせずお仕事を続けてください」
マリー゠アンヌはにっこりとして、戻っていった。
卓上に広げられた紙類や布地を畳み、重ねる音、パタパタと軽く響く女性の足音。俺に聞かせまいとするのか、新しい客が入ってくるかと気に掛けてか、ひそひそと交わされる話し声。
邪魔してしまったな。
マリー゠フランソワーズが顧客の相手をすることがあるが、現在は姉妹二人で切り盛りしている店だ。客がいれば、俺が放っておかれても仕方がない。責任ある立場で働いているのだから、尊重しなくてはならない。逆にすぐに放り出してくる方が心配だ。
やっと後片付けが済んだらしく、ベルナデットとお針子が控えの場所に来た。
「あと少しでお店を閉めるから、それまでアンヌとこの子でお店にいるから、上がっていいことにしてもらったわ」
「有難う。
よろしくお嬢さん」
お針子は愛想よく腰をかがめた。
俺が手を取る暇を与えず、ベルナデットが先導して、とんとんと階段を上っていく。俺に会えて嬉しいのか、仕事を半端に終わらせてしまったと不機嫌なのか、背中しか見えず、いささか不安だ。
部屋の前でベルナデットは振り向いた。
「入って」
否やはない。ベルナデットについて中に入って扉を閉めた。ベルナデットは草臥れた様子で、俺を見上げて、腕を回してきた。
「あなたと会えて嬉しいわ」
「俺もだ。仕事が終わったら、ここに来ることしか考えられなかった」
「正直ね」
「あなたには嘘を吐けない」
「大事なお客様だったろうに、怒っていないか?」
ベルナデットが気を持たせるように、小さく笑ってみせた。
「ええ、大切なお客様。わたしもお客様も色んな案を出し合って、意匠を決めて、縫い上げて、それで約束していた日の前日に急いで欲しいといらしたの。慌てて縫い上げたら、裾の仕上げがお粗末になっちゃって、あの子に直してもらってて、その間を持たせるのが大変だったわ」
「大変だったね。褒めて差し上げる」
と肩を撫でた。
「もっと褒めて」
そのまま抱き締め口付けをした。
長くお互いの唇をむさぼって、俺は思い切ってベルナデットを抱き上げた。唇が離れて、ベルナデットは驚きの声を上げた。俺は寝台に彼の女を下ろし、横に座った。
「周りに聞こえたらどうするの」
本人が怒るので、つい笑ってしまった。




