三
人間、経験から学び、品行を改めることができるが、性質そのものが変わるかどうか、はなはだ疑わしい。好き嫌いを言う子どもに、人参や茸を食べるように料理に工夫を凝らすのとは違う気がする。
普通は慣れてしまえば気にならない食材の味わい。どんなに試しても旨いと感じない奴がいて、たまに体中が拒否するのか、蕁麻疹が出る奴がいる。大人になれば判ると言われた酒や煙草を嗜む気にならない奴がいる。
蕁麻疹が出る、明らかに頭痛の原因、と断ってきて無理に勧める人間はいない。(それを見たくて強要する莫迦は除く)
ルートヴィヒ2世は女性に触れて蕁麻疹が出なくても、それくらい受け付けられなくて、どうも性的に興味を抱くのが同性らしい。国王として君臨したければ、結婚以外で義務を果たす姿を見せなければなるまい。
プロイセン主導の北ドイツ同盟とどう付き合っていくのか、芸術家の後援に固執したままか、今のところは何も見えない。それに南ドイツの諸邦の一つ、王権が安定しないのならビスマルク閣下はお喜びになるだろう。シュタインベルガー大佐が気に掛ける必要はない。歴とした帯剣貴族の出身らしい大佐は所謂「尊き責務」に無関心でいられず、噂話で相槌を打つ相手が欲しかったのかも知れない。俺にゴルツ大使のお付きや、オーストリア皇帝来仏に合わせての行事で手伝うことがあるか、それさえ言ってくれれば用は済む。
「大使館にはできるだけ来るようにします。伯林からの報せに注意しておきます」
「ああ、そうしてくれ。警備の手は足りている。後は大使の思し召し次第だ。
引き留めて悪かった」
「いいえ。それでは失礼いたします」
敬礼して、部屋を出た。時間が掛からず、さいわいだった。今度こそ誰にも捕まらずに帰ろう。
ベルナデットがいなくても生きていけるだろうに、彼の女を求めてしまう。肌を求め、口付けを交わし、いや、そこまでしなくても手を握るだけでも、瞳を見交わし、声を聴くだけでも、姿を垣間見られるだけでも、と心が急く。
街中で駆け足行軍しそうになるのを抑えて、歩道を行く人々に合わせた速度で進んだ。十月ともなれば陽が西へ向かうのが早い。太陽よ、まだ沈んでくれるな。明るいうちに『ティユル』に着きたい。陽の光を反射して輝くベルナデットの瞳を見たい。俺を認めて、喜びに見開かれる青い目。微笑む唇、俺に差し伸べられる白い手。あらゆる花々よりも薫り高く、嫋やかだ。俺はすぐにこの女性をこの身に感じられる。
コリゼ通りに入り、『ティユル』の看板が見えてきた。お客がいようといまいと、裏に回るのだが、一応忙しいそうかどうかは確認しておかなくてはならない。女性客が二人――女主人と侍女のようだ――いる。裏口に行き、呼吸を整えた。そっと扉を開ける。
裏口から控えの場所に入った。顔を見知ったお針子が一人仕事をしていて、小さな声で挨拶をした。俺も帽子の鍔に手をやり、小さく返した。
「お客様はもうじきお帰りになると思いますから、もう少しお待ちくださいね」
「勝手に来て、申し訳ない」
お針子は肯き、居心地悪そうに針を動かし続けた。拡げられている服の裾を縫い、糸の始末をすると、「できた!」と針を針山に刺して立ち上がった。
「誂えた服の裾のお直しをお願いされて、すぐにできると、ここで縫い付けていたんです」
と説明して、お針子は服を持って、店の中に向かっていった。
「お待たせしました」
「急なお願いなのに有難う……」
などなど、会話が漏れ聞こえてくる。注文が多いが上客なのだろう。
仕上げた服を包み箱に仕舞い込んだか、侍女が受け持ち、ご婦人が戸口まで歩く。マリー゠アンヌとベルナデット、後ろにお針子が付いて、見送った。
「またのお越しをお待ちしております」
「有難うございました」
完全に客の姿が見えなくなって、ベルナデットたちが戻ってきた。お針子に教えられ、マリー゠アンヌに何か言われたのか、ベルナデットがこちらに来た。
「ご機嫌よう、ベルナデット」
「こんにちは。今日はお仕事の帰りかしら?」
疲れているだろうに、俺にはそれを見せまいと極上の笑顔で迎えてくれる。いじらしい。




