十
「丁度良く通り掛かってくれるといいね。私もその学生さんとやらに会ってみたい」
ルイーズは照れた表情のまま笑った。
「そんな無理です。でもロージャは物知りで、いろんな話をしてくれて、一緒にいると楽しいんです」
十代で、幾つか年上だとしたら、経験や知識がかなり違ってくる。年下の女の子を飽きさせないのなら、そのロージャという――少年か青年か正確な年恰好は知らないが――学生はルイーズとは気が合うのだろう。だが本当に安心していい相手かどうかは、やはり実際に会って、話をしてみないと判断できない。
「アンヌやベルナデットはルイーズのお目当ての学生とは会ったことがあるのかい?」
マリー゠アンヌに悪いが、ちょっと尋ねてみた。
「まだ会ったことがないの」
いかにも残念そうだ。
「外国から来た学生さんだっていうし、いつかお故郷に帰ってしまうんでしょうから、深い付き合いはしたくないでしょうね。親としては一度くらい家に連れてきてもらいたいわ」
ルイーズは母に気付かれないようにしかめ面をした。親とは損な役をさせられる。見付けたアンドレーアスが、気さくさを忘れず、それでいて年長者らしい提言をした。
「若いうちにしかできないことしようとか、冒険心を捨てるのか、と口にする奴ほど信用ならない。自分の言動の結果を自分で責任取れないうちは、保護者の言い分は頭に入れておくべきだよ」
「責任を取れるようになったらいいの?」
「少なくとも後始末を親や誰かにしてもらわなくても済むようになったら、と小父さんは思うね」
ルイーズはさも感心したように肯いた。
ルイーズは大人ばかりの場に退屈して、立ち上がり、庭園を歩き出した。マリー゠アンヌはアンドレーアスに礼を言った。
「女同士、どうしても反発してしまいます。娘に注意してくださって、有難うございます」
「いえいえ、こちらは若気の至りで赤面するような思い出がある身ですから、ルイーズのような将来のある子には詰まらない男に引っ掛からないで欲しいです。なあ、オスカー」
俺にも若気の至りの一つや二つと言いたげだな? 素知らぬ振りをした。
「ルイーズは明るくていい子です」
「有難う。わたし自身あの子には助けられています」
ベルナデットもマリー゠フランソワーズも異見はないようだった。
食事とお茶を終え、簡単に荷物をまとめた後、日傘を差して庭園を散策したり、敷物に足を伸ばしてごろりと休んだり、のんびりとしながら、時が過ぎるのを惜しんだ。時折、風が快く流れていく。盛夏とは違った空気が我々を撫で、心地よさを誘う。木々の葉の色の微妙な変化が季節の訪れを知らせてくれる。
俺が寝転ぶ側にベルナデットが日傘を差して座り、景色を眺めた。
「オスカー」
隣に座るベルナデットが、俺の肩に触れた。
「何か気に掛かることでもあるの?」
「いや、何故そんなことを訊く?」
「疲れているのか、考え事をしているのかな? って顔をしていたから」
染料の名前を聞いた時の連想でもそんなことをベルナデットから言われたな。
「多少はね。
楽しむことだけに専念しなければならないのに、詰まらぬことであなたに心配を掛けた。
済まない」
「謝らないで。無理をする必要はないし、もしつらいことあるのなら、わたしに言って欲しい。わたしはあなたの為に役に立ちたいわ」
青い瞳が俺の心を見透かそうとしてか、強い視線を向けている。折角の休日に、こんな張り詰めた気持ちにさせてしまったのか。自分の未熟さが情けない。こんな俺に気を遣わないでくれ。
「有難う、その気持ちが嬉しい。俺はあなたがいる巴里に来られて、本当に良かった」
「大好きよ、オスカー」
俺はベルナデットの白い手を握った。ベルナデットはもう片方の手を俺の手の甲に重ね、強く握りしめた。何かを決断したように。




