六
この所、夜会にばかり顔を出している。ラ・パイーヴァの屋敷に行けば夜通し起きているから、どうしても次の日、日の照っている時間帯を睡眠に充ててしまう。夜にまた出掛ける分には構わない。残念ながら、俺は社交にだけ精出す紳士でいられない。日中果たさなければならない用事があれば、なんとか正午過ぎには寝床を這い出す。昼と夜が入れ替わり、頭が冴えないままに、大使館に出向いて報告や次の予定の確認をする。
巴里の市街の観察に力を入れたいのに、中途半端になっている。絵画や旅行案内の地図にあるような簡便な内容で済ませず、セーヌ川に架かる橋の数々の造りをスケッチしながら調べたい。水深や流れの強さなど、この季節なら川遊びを装いながら測れるだろう。じきに水は氷のように冷たくなる。それに徴税請負人の壁――はなくなったから、巴里と郊外を区切るティエールの城壁あたりの地形を把握したい。区画整理で巴里の中心地に掘っ立て小屋を建てて住み着いていた貧しい層が、第二帝政に入ってからの改造工事で追いやられて城壁の外に流れ着き、暮らしている場所などは、誂えた服で入り込めない。余程慣れないと暗くなってからは危険――人殺しや強盗に遭遇しても不思議がないくらい物騒――だともいう。工場や職人の工房がある地域、畑のままの土地の雰囲気や今後開発があるのかどうか、もしプロイセン軍が進軍してきたとして、軍を待機させる場をどこに敷設できるか、興味は尽きない。
大地を見渡し、この足で歩み、馬を走らせるのがどんなにいいか。
溜息を吐きたくなる。都市特有の真っ黒な泥に埋もれてしまいそうだ。
焦っていても仕方がない。少なくとも巴里では俺の好きな芝居の見物には不自由しない。朗々たる台詞回し、妙なる楽の音がせめてもの慰めになる。そして俺には隔てなく語り合い、心安らぐ女性とその家族がいる。
ベルナデットと伯母たちと、アンドレーアスを誘って、店が休みの日にやっとピクニックに漕ぎ付けられた。アンドレーアスに頼んでお茶道具を借り、軽食を用意して、辻馬車で、『ティユル』に迎えに行った。女性陣は待ち兼ねていて、満面の笑顔だった。腕が伸ばされ、温かい抱擁と柔らかい接吻で包まれる。
「こんにちは、オスカー」
「ご機嫌よう、ご婦人方」
ベルナデットは空色のドレスに同色の帽子、マリー゠アンヌは白地に茶色でアクセントを付けたドレスに小さな帽子をピンで髪に乗せている。マリー゠フランソワーズは濃い茶色の服に淡い茶色の上着を重ね、鍔のある帽子。ルイーズは白いシャツに焦げ茶色のスカート、麦藁帽子だ。それぞれが着飾り、今日の外出を楽しみにしてくれていたのだと、こちらも胸が弾む気分になる。手提げの大きな籠があった。
「わたしたちの作ったお昼を持っていくわ」
ベルナデットが言う。
「こちらで準備すると言ったのに」
「足りないより沢山あった方がいいでしょう」
「育ち盛りがいるから、幾らか持っていかないと不安なのよ」
マリー゠アンヌは笑って付け足した。
「食いしん坊みたいに言わないで」
ルイーズが母親に拗ねてみせた。明るい笑い声が響く。車輪と石畳が鳴らす軋みとは違い、小鳥のさえずりのように、耳に心地よい。捩れて絡まった糸が解きほぐされていく心持ちだ。この人たちと、ベルナデットと過す時がどんなに貴重か。新鮮な空気を深く肺に吸い込み、何もかもが清められていく。
夜会での喧騒と怠惰は別の地平の出来事として、消えてしまえ。