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君影草  作者: 惠美子
第六章 嵐の前
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 リース大佐のぼやきが軍団中に伝わったわけではないが、決闘騒ぎはあれから一件あっただけで、死者は出なかった。やはり発端は酒場で、馴染みの女性を侮辱した、しないで決闘になったそうだ。今度はレイピアを使い、喉や胸を突くのは無しで行い、頬の切り傷で勝負が付いたと聞いた。

 臆病と言われるのも、親しい物を莫迦にされるのも、黙っていられない。そういった性質の男ばかりが、退屈して過しているのだから、喧嘩や決闘をするなといってもなかなか抑えられるものではない。

 嘘か誠か、マイヤー大佐は本来専門の外科処置を施す機会がなく、風邪ひきの者ばかり来て詰まらないと言っていたらしい。

 しかし、仲間内で死者を出さずに降誕祭や、新年を迎えられそうなのだから重畳と喜ぶべきだろう。ブルックはあれからなにかとアグネスとかいう赤毛娘に言い寄っているが、まだはかばかしい返事をもらっていない。

 降誕祭の前日にブルックに付き合って仲間と一緒に『黒い猫』に赴いた。ブルックは赤毛娘をテーブルに呼び出して、色とりどりのリボンを何本か渡した。

「何を君に贈ったらいいか迷ったから、いっそこれで君が好きなように身を飾ってくれたらと思ったんだ」

「まあ、有難うございます、ブルック中尉。嬉しいです」

 赤毛娘はブルックからの贈り物を胸に抱くようにして、下がっていった。しばらくして、何人かの女性店員が並んで、ブルックを囲むようにした。

「アグネスから聞きました。リボンをこんなにいただいて、みんなで分けることにしましたので、お礼に来ました」

「ブルック中尉、有難うございます!」

 口々に感謝する女性たちを前にブルックは苦笑いをしていた。アグネスは贈り主を特別扱いする気がないようだ。それに降誕祭では気前よく振る舞わなければ、男が廃る。アグネスだけにだと主張できないあたりを、うまく利用されたか。お客様の顔を立てるようにして、ちゃっかりと仲間で戦利品を分配するのだから、無邪気そうに見えて存外計算高い。いやいやこれも彼の女たちの生き抜く知恵だ。顧客が付けば嬉しいが、本気で言い寄られても困るし、仲間の嫉視も怖い。誰にでも愛想よくし、秘密はすべて胸の内。

 俺は関わらない。気長にやってくれ。

 視界の端にシュミットが映る。ほかの奴らと一緒にいる。

 シュミットはあれから挨拶程度で、まともに話をしていない。今更悪意を気に病みはしない。むしろ沈黙よりも、罵られている方がましなのだが、相手が俺を避けているので、文句があるならと、わざわざ告げるのもおかしいのでそのままだ。

 どことなく、すっきりしないまま年が明けた。

 我が主君がハノーファー国王と親しいのは既に述べたが、今年か来年、我が国とハノーファー王国で大掛かりな合同の演習を行おうとの話が出ているそうだ。願ってもない機会だ。鉄道による移動、輸送、ぜひ試してみたいものだ。


 合同演習の計画が具体的に進まぬ中、1865年8月、プロイセン国王とオーストリア帝国の間で新たな条約が締結された。シュレスヴィヒとホルシュタインの二つの公国が両国の共同管理下に置かれる維納条約の曖昧さを避けるため、北のシュレスヴィヒをプロイセン国王、南のホルシュタインをオーストリア帝国が、それぞれ分割統治するとガスタイン条約で改めた。

 ユートラント半島の、地続きではない北のシュレスヴィヒ公国をプロイセンが取り、間のホルシュタイン公国をオーストリア。当然、ホルシュタインはプロイセンに挟まれた形であるし、オーストリアは、ホルシュタインへプロイセンを越えていかなければならない。小国は生き残るために情報に血眼になるが、大国は大国なりに飛び地の領地を持って統治が大変だ。そしてどちらの国も公国一つでは満足していないだろう。特にプロイセンは飛び地のままにしてはおきたくないだろう。

 悩み深い所だ。

 アンドレーアスが、プロイセンの関税政策が商売に役に立っているのだから戦争を仕掛けたりはしないだろうなと、探るような連絡を寄越した。我が家の財の投資に寄与しているから、何とも言えない。

 だいたいカレンブルク一国だけでプロイセン国王に喧嘩を売れる訳がなかろう。

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