五
「外国から来ますと巴里の街並みは整っているように見えます。巴里に住む人たちはオスマン知事の巴里の区画整理に感謝しているものと思っていました」
水を向けると、堰を切ったように言葉が流れ出す。
「シテ島の整備と下水溝の敷設には大いに感謝していますよ。しかし、地上の工事においては泣いた人間が多い。立ち退かされた住民、地上げを受けた地権者の恨みつらみは残っているでしょう」
ナントカの伯爵と名乗る人物が、確かに街並みの見た目は良くなったと続けた。
「その日暮らしの吹き溜まり――勝手に広場や通りに作られたあばら家の群れ――、が取り壊されて綺麗になったのはまこと喜ばしい。だが、人が消えてなくなりはしない。別の場所に移動した。ナポレオン3世が労働者の暮らし向きをよくしようと、下々の人間向けの集合住宅を建てたが、成功しているとは言えるかどうか」
「そもそも地権者から土地を買い叩き、資材の調達や工夫への給金に充てる金をどこから持ってきていると知っているかい?」
知らないではないが、気持ちよく喋ってもらう為に無知な振りをする。
「例のクレディ・モビリエが一役買っている。オスマン知事は権限を制限されて、計画を出せても改造工事の予算を自由に組めない。そこで工事個所の用地買収で得た地権の「譲渡証書」を担保にして、銀行から好きなように融資を受ける。銀行はクレディ・モビリエの不動産を担当している子会社。融資は公共事業の金庫を通している形になっているが、これはオスマン知事が好きなように工事費用を捻出できる流れだ」
「証書」だの「為替」だの「債券」だの、操作する錬金術は、これで雲を掴み取れる、無尽蔵に砂金が湧き出ると指示されても試す気にならない。自分で馬を駆り、銃を撃つのと感覚が違い過ぎる。アンドレーアスなら、こういった金融業界の動きは鱒釣りに似ていると言うだろう。流れを読み、餌を選び、糸を垂らす。大物ばかりが針に掛かるとは限らない苦行と、手応えを得た時の爽快感。仕掛けの大きさはカード遊びと単純に比較できない。
「巴里はヨーロッパ随一の都市ですから、それに相応しい規模と威容を保たなければならないでしょう」
宴の面子は、俺がブルジョワか田舎貴族か出身を知らないし、気にもしない。花の都で舞い上がっているように、口にしてみる。
「煉瓦の街を大理石に作り替えるのにも先立つものはなんとやら。
オスマン知事が皇帝陛下から命じられて、巴里を生まれ変わられてくれるのに魔法の杖を振るった。その魔法の力の出所は以前から批判されていたが、大きく取り上げられてこなかった。だが、クレディ・モビリエのペレール兄弟が破産した。費用の面でこれから難渋するのは目に見えている」
「批判は勢力を誇っているときに時には靴先を濡らす雨粒のようなものだ。しかし、躓き始めれば途端に滴を跳ね上げ、服を濡らして重みを増してくる。あっという間に泥まみれ、身動きが取れなくなってくる。オスマンがどこまで素知らぬ顔をしていられるか、皇帝陛下が庇い立てできるか。時間の問題だ」
「大雨となって知事に非難を注ぎかけるご仁は大勢いるという訳ですか?」
共和党の中でも穏健派にも王党派のオレルアン派にも、と名前が挙げられた。自分もだと手を上げる者もいる。大事業を成し遂げた、成し遂げつつある辣腕家はそれだけ憎まれる。
土地を手放したら、相手が転売屋で、自分の何倍もの値で取引しているのを知ってどれだけ悔しかったかと、元地権者の嘆きや、巴里の城壁の外に追いやられた最下層の暮らしをする者の生活などなど、実際に会って話をしたのだろうかと想像したくなるほど克明に語ってくれる話し上手までいる。
「皇帝と知事が尽力して中央市場を清潔に、大きくしてくれているから、わたしたちがこうして美味しい食事に舌鼓を打てるのです。ここでは感謝いたしましょうよ」
女主人は晩餐の席での会話を一旦鎮めた。もう少し続けてくれても構わなかったが、ラ・パイーヴァが退屈したのでは仕方がない。万国博覧会に出品している東洋の国々の陶器の意匠に話題が移った。