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君影草  作者: 惠美子
第三十三章 目にはさやかに見えねども
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 ナポレオン1世がハプスブルクの皇女と結婚したように、ナポレオン3世もヨーロッパいずれかの王家の姫君を、或いは一族の結束を高める為に血族から妻を、と願っていたボナパルト一族から、ウージェニー妃は帝冠を掠め取ったと憎まれているし、ヨーロッパ諸国からは王族出身ではないと軽く見られている。

 普墺戦争やルクセンブルク危機で領土を拡げられなかった外交での不手際と、メキシコ皇帝の横死でナポレオン3世は面目を失った。浮気ばかりの不実な夫であろうと妻として、フランスの皇妃として、帝国を盛り立てたいとウージェニー妃は努めているつもりなのだ。またそれ以上に強烈な自負を抱いているに違いない。自分こそヨーロッパ随一の女性であると証明したい。決心は立派だが、成功しているとは言えず、むしろ良くない印象を残しているのが気の毒なくらいだ。

 宴の席で聞くのは、六月にプロイセンのウィルヘルム陛下とビスマルク閣下が巴里に来た際に、機知(エスプリ)を利かせた気での発言が危ういというものだ。ロジェフスキとロシア皇帝周辺を調べ回っていて、国王陛下や仏皇帝夫妻がどんな会話を交わしていたか、俺は耳にしていなかった。

「わたしたちは貴方方(あなたがた)と戦争をすることになるでしょう」

 などと陛下に言ったという。いくらフランスがプロイセンに不満があろうと、冗談でも皇妃が口にしていいことではない。宰相閣下の慇懃振りに、「こわいわ」とも言ったそうだ。かつての駐仏プロイセン大使の出世と剛腕に、正直な感情を伝えたのかも知れない。

「貴方の権力がそんなに大きくなると、ある日突然巴里の前方で貴方とお会いすることになるのかしら?」

 宰相閣下は皇妃の深い考えのない言葉を笑い飛ばした。多分宰相閣下はウージェニー皇妃が、かつてのエカテリーナ2世やマリア・テレジア、ポンパドゥール女侯に遠く及ばない、普通の女性だと安心したのだろう。

 挨拶などの決まり事だけ喋っていれば良かったのに、宮廷の近臣から舞い飛ぶ木の葉のように発言が漏れ、面白半分、こうして宴会の話題にまでなっている。プロイセンの外交担当は、ウージェニー皇妃の機嫌を取らずとも好きに囀らせていればよいと、判断していておかしくない。

 スペインの伯爵家の令嬢が皇妃になって、苦労しているのは判らないでもない。やっと儲けた皇太子に無事に皇位を引き継がせたい親心もあるだろう。

 立派な皇妃であると自身は振る舞っているのだろうが、重々しく目に映らない。

 ザルツブルクで女性美を見せつけようとしたのか、足元が覗くように服の裾を摘まみ上げるのとは、娼婦ではあるまいに。いやいや、この屋敷の女主人の方が、生まれ育ちへの蔑視を跳ね返そうと、余程礼儀を心得ている。

「きっとビスマルクが巴里で大使を務めていた頃のように、自分をもてはやしてくれると期待していたんでしょう」

「さあて、あの頃と今とでは皇妃の花の(かんばせ)も変わっているでしょうからなあ」

 ラ・パイーヴァに気を遣うように、年齢の所為、とは言わない。酔いと紫煙が笑いで撹拌され、また別の声が耳に入る。

「クレディ・モビリエが破産して、喜ぶのはロスチャイルドだけじゃない。オスマン知事に反発を感じている連中――いつもは対立している王党派も共和派も手を結んで――はここぞとばかりに反撃しようと画策している。何せ金の流れが止まれば、巴里に改造計画に支障が出る。そうすれば住民の不満も募る。

 世論が味方になればオスマンは知らぬ顔で工事を続けられない」

 皇妃の失点を数えるよりも、ずっと大事な情報だ。呑気に茸と葡萄酒を味わっているのは終わりだ。

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