三
別の夜はまたシャン゠ゼリゼのラ・パイーヴァの屋敷に赴く。日が暮れれば大分涼しさを感じるようになったので、庭には出ない。ラ・パイーヴァは一人で静かに過すのが性に合わないのか、嫌いなのか。とにかく、客を招くのがお好みだ。しょっちゅう何かと口実を作っては宴席を開いている。さいわいにして毎回呼ばれる訳ではない。巴里で知り合った女性を連れてきてみろなど、無茶を言われたが、田舎から出てきたばかりの若造をからかうのは飽きてくれたようだ。新鮮さが失せたなりの楽しみはあるようで、訪れれば歓迎してくる。
「大尉さん、今晩もよく来てくださいました。素敵なお話を聞かせてくださいな」
いつ来ても同じ趣向の装いを見せたことがないのは天晴と言える。
晩餐の席にはいち早く茸の料理が並べられた。
「これはまた豪華に香りのいい茸を揃えて料理しましたね」
この屋敷の景気の良さを更に盛り上げようとしてか、食卓で感嘆の声が上がる。
「なんといっても秋の味覚です」
ラ・パイーヴァは大声に対して品よく答えた。サロンを切り盛りするマダムに称賛は欠かせない。
この茸はドイツ語では、フランス語、イタリア語では、と教えられながら、ゆっくりと味わう。収穫する土地が違うからか、調理法が初めてのものだからか、食べ終えるのが惜しいくらいだ。茸自体をバターで焼いても、肉料理に合わせても、充分に楽しめた。
「先月のザルツブルクでの会見でまたスペイン女がやらかしたって話は聞いていますか?」
帝室、特に皇妃の悪口を言えばラ・パイーヴァの機嫌が良くなると思って、ウージェニー皇妃の話題を持ち出した奴がいる。もしかしたらもうお耳にされているかも知れませんがと、断りを入れつつ、話し始めた。
「我が皇妃陛下はオーストリアの皇妃にどちらがより美しいか対抗心をお持ちで、歩く時にスカートを大きく摘んで、足がちらちらと見えるようにしていたっていうんです。
祭りで踊っているのならまだ可愛いいもんだが、一国の皇妃が弔問先でやるのは軽率じゃありませんか」
「まあお行儀の悪いこと」
ラ・パイーヴァは如何にも嘆かわしいと言わんばかりの反応を示した。恰好だけで、面白がっているのは観察しなくても判る。女性がスカートに隠された足を露わにしていい訳がない。足首さえ見えないようにするのが淑女の振る舞いとされるのに、嗜みがなってないと謗られても文句は言えない。何せイングランドではピアノの脚にも布切れで覆いをするほど慎ましくしている。
「ザルツブルクの住民で、二人の皇妃を見比べられた連中は、オーストリア皇妃の方が綺麗と感じたそうです。
我が皇帝陛下はオーストリア皇帝夫妻に是非万国博覧会を観に来てくださいと仰せになったが、快い返事はなかったとか」
「巴里にいらしてくだされば、我々もどちらの皇妃様がお綺麗か見定められるのに」
残念といった感じで声がする。来仏するかも知れないが、期待もできない。
「大尉さんはお二人を見比べてみたい?」
「比べるなんて畏れ多い。それにどちらが美しかろうと、ダンスを申し込める身じゃありませんからね」
「その通りですが、アレティン大尉は辛辣ですな」
側に寄れるかどうかも怪しい高貴の方々の容姿をあれこれ品評しても、面紗ごしに見ているのと同じで、はっきりしない。
第一どちらがより美しいかだなんて、好みで違ってくるだろう。肖像画や写真によると、ウージェニー皇妃は垂れ目で、中背、自慢の曲線美を強調し、エリザベート皇妃は面長で切れ長の瞳、長身で痩せ型。乗馬好きのオーストリア皇妃は馬を速く走らせる為には、体重を羽のように軽くしなければならないと信じているらしく、食事を厳しく制限しているとまで聞いている。なかなか壮絶だ。自己抑制のしっかりできる女性を女らしくないと決めつける男だっているのだから、簡単にこちらと旗を上げられまい。
「麗しの皇妃の手を取れるのは夫か、諸国の君主。自分に見合った相手に恵まれたならそれで充分です」
「欲が無いようでいて、それが一番難しい」
言葉は軽く短く、そして含蓄深く響くように。