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君影草  作者: 惠美子
第三十三章 目にはさやかに見えねども
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 九月になり、暑さが落ち着いてきたとは言い難いが、吹く風に一はけ涼しさが加わったと肌で感じる。陽の照っている時間が短くなってきているのがはっきりと判る。夏至はとっくに六月に過ぎている。秋はそこまで来ているのだ。

「もう少し季節が進めば美味しい茸が市場に出回るようになるわ」

 とベルナデットが言っていた。バターで炒めた茸に塩胡椒、それにクリームを加えて熱し、これまたさっと炙ったパンに乗せると旨い。マダム・メイエが朝食でそんな献立を出してくれないかとふと思う。

「株をやっている人間なら、去年株価がガタ落ちしたからクレディ・モビリエが危ういのに気付いていた。戦争の後の巴里の景気の良さに乗って見えにくかっただけだ。これでも損を出さないように努力していたんだ。褒めてくれ」

 食と色への淡い幻想をアンドレーアスはかき消した。カフェ・プロコプで一服しながら、金融業の動静を語る。かねてから資金繰りが苦しくなっていると伝えられていたクレディ・モビリエのペレール兄弟は遂に経営者の座を明け渡す事態となった。これまでナポレオン3世の下、鉄道の敷設や首都の整備に資金面で貢献してきたが、ここ最近の投資が回収できず、新興の銀行は老舗銀行の現金の調達先の懐の広さに遂に追い付けなくなった。短期的には有利に立って(はた)で聞いて痛快なくらいだったが、ロスチャイルド家が欧州に張り巡らしてきた網の広さがあり、長期戦に持ち込まれて息切れし、すっかり取り込まれたと言うものだろう。

「流石に銀行が潰れたら、小口の預金者が大騒ぎを始めて暴動になるとおエライさんも判っているから、頭を挿げ替える形で、業務を代行させて、ほかの銀行に整理させていく」

「融資を受けていた者だけが得しないようにか」

 俺の言葉に、当たり前だと言わんばかりにアンドレーアスは肯いた。

「預けた財産が戻らなくて、借りた金を返さなくていいなんて、金貸しの面目に関わる」

 事業という賭けで金を借りたら、賭金(ベット)は潔く払わねばなるまい。

「信用あっての契約だ。信用なしで商売できない」

「おまえの活躍振りは目覚ましい。

 万国博覧会で、売れそうな品を見定めていたばかりじゃなかったんだな」

 アンドレーアスは渋い顔をした。

「そりゃあんたがソシエテ・ジェネラルの役員さんとの話を記憶してくれいたお陰もあるからな。フランスの金融業界、モビリエの株は暴落している、次に危ない所はあるか、債務を含めて引き継ぐ先はどこだと、自分なりに注意していた。

 それなのにあんたは、イングランド人よろしく、お茶道具を持って公園にピクニックしに行こうと持ち掛ける。俺としても、立派に仕事していると自慢したくなるんだよ」

 そこは素直に謝るしかなかろう。

「悪かった」

「判ってくれればいい」

 二人で顔を見合わせて、笑った。

「『ティユル』の皆さんに金のことで慌てないよう、相談事がないか持ち掛ける時間が取れたし、上手く行ったんだから、ピクニックも悪くない。もう暑くもなくなったからな」

「ああ」

「巴里の秋は(プレヤデン)や伯林とは違う」

 どのように、と尋ねると、アンドレーアスは知らないと答えた。

「仕事で滞在していて、そんなことを比べる余裕がなかった。だが、有難くもあんたから誘われたんだから、これからその違いをたっぷりと楽しむ」

 それもいい。アンドレーアスは充分働いている。労いや息抜きは必要だ。

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