十三
新聞記者となると、公権力を監視し、時に警告を与える役割があると自ら任じている者か、社会をより良く改革したいと持論を述べて読者を啓蒙していく政治家志望の者のどちらかかと思い込んでいたが、ジェラール・グラモンはそのどちらでもない。
高貴の人物も勇敢な将軍も、乙に澄ましていようが、匹夫の輩と変わらぬ品のない行為をするのだと知らしめるのが使命と、高位高官の後を付け回すのを日常の業務としている。
別の日の宴でグラモンから紹介されたボーションという俺と同年配くらいの男の方が、帝政に批判的な目を向け、意見を聞かせようとするので、よほど新聞記者らしいと感心した。
グラモンにすると、権力を持たない身で青臭い、改革できるだけの権力を持ったところで初心を忘れて保身に走るのが人間の常だと、笑いたくなるらしい。初心を思い出させようと、農夫の親父やカミさんと同じことをしていると茶化してやるのが俺の仕事さと、ふざけ気味に言う。
ラ・パイーヴァの屋敷の丹精された庭へと盃を片手に出て、夜風で酔いを醒ましながら、俺は二人の話の聞き役になっていた。
「社主が皇帝に不満を抱くのは、自分もよく判るんです。あの皇帝が大統領になった頃は応援していたそうじゃないですか。それがクー・デタで皇帝になって、色々と期待していた改革が遅れたり、見過ごされたままになっていたり」
ボーションの言う、期待していた改革が何かは知らない。だが、ナポレオン3世が何の努力しもしていなかったとは評せない。
「巴里が整備をまずやっているんだから、順々だ」
「順番があるにしても……」
優先順位の付け方が、とボーションは口の中で呟いた。
「年頭で軍備の拡張が議会で否決されたし、メキシコから撤兵したのですから、もうちょっとこう、予算の配分の仕方を考えて欲しい」
俺が軍人であるのを思い出したのか、ボーションの主張は声が小さくなった。
いやいや、北ドイツ連邦にとってフランスの軍備が充実せずにいてくれるのに、不満は一切ない。一応言っておく。
「軍事で小出しにしながら様子を見るのは愚策です。決断したなら、大軍で一気に進めなければなりませんし、退くと決めた時も同様です」
「プロイセンの方は勇猛だ」
プロイセンの生え抜きではないと訂正したいが、どうせ今の俺と同じ、口調を合わせてくれるだけで、理解できまい。軍務に就いていない者が、国家の予算を軍事費以外に使えの感覚は当たり前すぎる。最善と快適を求めれば、ローマ五賢帝の時代にだって不備はあるだろう。それだけの見識があるのなら、選挙に出て議員になれと言ってやりたくなるが、きっと冷たいと言い返される。
「負傷や死を恐れませんが、好んで危険を冒したいと望みません。
我が国王陛下と、フランスの皇帝陛下とは仲良くしていただきたい。
今回はメキシコ撤兵の結果があって、オーストリア皇帝と会ってきたのでしょう」
グラモンは肩をすくめてみせた。
「気まずかったろうね。こちらの皇帝の所為で、あちらの皇帝の弟が死んだんだ」
「皇帝も王も、相応しくなければ、統治の能力に欠ければ、その座から降りなければなりません」
「フランスの方は正直だ」
「こいつは極端なだけです」
ボーションはグラモンの言葉に口を曲げた。
「自分は真剣に憂えているのに、ひどいです」
やたらと自説を唱えたがるのは、自分の意見には大きな価値があると信じて、他人に吹聴したいからではないのか。俺も似たようなものだから、偉そうにできない。しかし、ここはボーションやグラモンと同じく、汚かろうと職務だ。幾らでも話を聞き、また、質問をしてみよう。釣りとはこんな楽しみ方があるのだろうから。