十二
エミール・ド・ジラルダンは盛んに売り込みに来る思い上がりの輩を、鋭く冴えた眼力で今まで退けてきたのだろう。しかし、こちらも前線で歴戦の勇者と遭遇したからといって一目散に逃亡できない。さいわいに銃撃や突撃の必要がない。また直接倒さなくてはならない兵同士でもない。
こちらは一歩引いて、為人を観察し、かれ自身、もしく周囲の調子のいい記者を都合よく情報源にできないか、探ってみよう。
食事を終えて、各々盃や茶碗を手に席を立ち、自由に会話を交わし、さながら踊りの輪のように巡る。
「暑い時期だからと、アイスクリームを食べ過ぎました。火酒で温めなおしています」
グラモンとかいう新聞記者は社主の荷物持ちでついてきたと言いながら、女性陣と話をするのに忙しそうだ。こいつは抜け目ない男なのか軽佻浮薄の類なのか。軽い奴なら話を合わせてみてもいいが、さてどうしようか。
「アレティン大尉」
鼻眼鏡の人物が話し掛けてきた。
「なんでしょう、ムシュウ・ド・ジラルダン」
値踏みするような目付きに変化はなさそうだ。できるだけ明るくしていよう。ジラルダンは、先程は失礼と断りを入れて、何時から巴里にいるのかと尋ねてきた。
「この春からです。万国博覧会で、我が国から国王陛下をはじめお歴々が来仏しましたし、これからも続きますから、臨時の異動のようなものです」
「プロイセン大使のお付きが仕事とは、大使館勤めは優雅なものだ」
そう信じているとは疑わしいが、言の訂正は面倒だ。
「優雅に見えているのなら、我々の仕事は成功しています」
ジラルダンはわずかに目を眇めた。
「見てくれがいいだけではなさそうだ」
所詮駐在武官は近衛兵のようなものか。容姿に恵まれているのなら飾りにできると、考えられ、配させるのに性別は関りない。人当たりに有利なら、それを武器と使う。
社主の側に戻ってきたグラモンが俺にもついでのように言ってきた。
「プロイセンの大尉さんは明日以降も来るのかい?」
「まだ決めていませんが、多分」
「そりぁいい。明晩はまた別の顔ぶれも来るだろうから、是非また一緒に飲もう。大尉さんがいれば女性の受けもいいだろう」
「それはどうも」
「グラモンがいたら淑女は近付かないだろう」
「社主はひどいですよ」
この減らず口が信頼あっての図には見えないのは、ジラルダンが全く笑わない所為かも知れない。グランが目立ちたがりのおべっか使いの可能性もあるが、こうして宴に連れてくるのだから、単純で使いやすいのか、それなりに信用しているのかのいずれかだろう。
「『リベルテ』をまだ拝読していませんから、知らなくて申し訳ないのですが、どのような社風、というか、どのようなご意見を載せているのですか?」
グラモンはくくく、とおかしな笑い方をして、ジラルダンは鼻眼鏡がずれるのではないかと心配になるくらい眉間に皺を寄せた。
変なことを尋ねてしまったか。これでジラルダンに嫌われてしまっても仕方ない。笑っている方は何とかなろう。
「三月に帝政批判で罰金刑を喰らったよ」
ルクセンブルク危機が始まったくらいの頃なら、俺は南部軍団に在籍したか、伯林の総参謀本部に配属されたかの辺りだ。俺が巴里の一新聞の記事を知らなくても責められまい。
「それは主筆となる記者が書いた記事でですか?」
いやいや、とグラモンは手を振って、社主を指した。ジラルダンはますます渋面になる。
「社主は普段から政治色を出すな、表に出しては同調する読者にしか受けない、多数の読者を掴むには偏った政治思想は不要だと言っておきながら、社主自ら記事を書いて、罰金喰らって、更に反撃の筆を執って、ロクな結果にならなかった。
まあ、それでも潰されずにやってます」
「皇帝陛下もなかなかですが、ムシュウ・ド・ジラルダンも寛大な方ですね」
「人間、何かせずにはおられん」
明日の夜もここへ来てみよう。品よく澄ました方々とは違った視点での話題も面白そうだ。それに引き合わせてくれたヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵への恩がある。もうしばらく付き合ってみて損はなさそうだ。




