九
俺は糸で釣られる人形か。操りの糸を握るのは誰だろう。
向こうの情報を得て、こちらの情報は守れるか、知られてもいい程度の事柄をさも勿体ぶって漏らしたよう見せ掛けられるか、それは俺次第となるだろう。
「フランスの文筆業の人間がどんなものか知りたいです」
「ジラルダンはフランス人にしては無口な方だよ」
黙っているのは損とばかりに喋る巴里の住民には珍しいような気もするが、偏見は良くない。
「対しているうちにうっかりと気安く話をしてしまうような、油断ならないご仁ですか?」
ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵はジラルダンという男を思い出してか、間を置いて答えた。
「かれは聞き上手だ。周囲には原稿を片手にあれこれと声高に主張してくる記者や作家がいつもいるのだから、それを上回る大声を出すよりも、ひとまず話を聞いて、紙面に活かせるかと考えを巡らす側の人間だよ」
「品定めをするつもりでいると、抜かりなく観察されてしまいそうですね」
「あちらはそうやって生きてきた男だ。もう六十に手が届くのだから衰えたところもあるだろうが、隙は見せない方がいいだろう」
「用心します」
注意は怠れない。しかしゴルツ大使は違った意見だ。
「いや、アレティン大尉は隙を見せた方がいい」
「そうでしょうか?」
元が軍人であるし、護衛も仰せつかる。人前で気を緩めた面は今更できないような気がする。伯林で幾らか教えられたが、芝居は得手ではない。芝居が好きだといっても、これは簡単に真似できる技術ではない。
「私の護衛で、大使館の駐在武官のアレティン大尉と紹介する。事実そうであるし、貴官は既にこの屋敷の者たちにそのように知られているのだから、急に設定を偽るのは無理が過ぎる。
ただ今晩初対面の人間にはもう少し愛想良く、田舎貴族の跡取り息子らしく純朴そうに振舞ってみたまえ」
俺は肩をそびやかした。
「それではまるで小官が普段から計算高くて、嘘吐きのようではありませんか?」
大使と伯爵は破顔した。心外だな。
「いや、悪かった。貴官が真面目で仕事熱心なのは判っている。
整った顔立ちで、切れ者の印象を与えては相手が警戒を解かないと、こちらは心配している。田舎者で人が好いと思わせた方が、話しやすいだろう」
「女性ならともかく、男性同士、こちらはフランス人より背が高い。威圧しない程度に対すればいいさ」
確かにフランス人はドイツ人に比べて小柄だ。巴里で俺は長身の部類に入る。しかしフランス人がそれくらいで遠慮するような性格をしていない。巴里では俺たちが異邦人。いつだかカフェで、見知らぬ人間である俺にいきなり話し掛けてきて、意見を拝聴したいと迫ってきた隻眼の弁護士だっていた。
広間に行ったらどんな表情をしてみたものかと顔の筋肉を動かしていると、扉を叩く音がした。
「旦那様、そろそろ奥様がおいでくださるようにと申されております」
「判った、すぐに行く」
と伯爵は返事をして、召使を下がらせた。
「宴席で主人役は目立たないのが役割だ」
伯爵は急ぐ気は無いらしい。部屋を出る素振りを見せない。
「ジラルダンの今の奥方は若いだけで、サロンを開く采配ができない」
と、ジラルダン本人からでも聞き出せそうな話をした。




