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君影草  作者: 惠美子
第三十二章 市中の話題
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「オットーは狙撃犯を自分で捕まえたが、これは運が良かった、無茶をするなと誰もが言っていた」

 オットーとはヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵の縁続きの年長の友人ビスマルク宰相閣下の名前だな。そして宰相の狙撃事件、これは普墺戦争前の事件のことかと記憶を掘り返していると、軍人として俺の意見はどうなのかと伯爵は視線をくれた。

「ええ、周囲には警護の者がいたのですから、狙われているのに気付いたら任せていただくべきでした。反撃してきたら防げたかどうか判らないではありませんか。

 狙撃犯が学生で、銃の扱いに慣れていなかったのかも知れません。犯行時に緊張か怯えかどちらかで固くなっていた可能性もあります。それがさいわいしました。宰相閣下自ら取り押さえられる距離にいたのなら、銃のほかに刃物も準備すべきでした。大胆な行動をした割に、計画と胆力が今一つ」

 大使は苦笑した。

「辛辣だな」

「ええ、その事件の時、小官はプロイセンの軍人ではありませんでした。

 それに、宰相閣下が警備の者の手柄を取り上げられてはいけませんよ」

 未遂に終わったからいいものの、護衛の者は何をしていると悪く言われてしまう。

「分に見合った振る舞いをするには、皇帝の妃でも難しいのだから、若い頃の武勇伝が多いオットーには尚更だ」

 ビスマルクを直接知る人物がここまで言うのだから、学生時代に喧嘩っ早かったのは本当なのだろう。

「オーストリア皇妃の妹君は国王から結婚を延期された。どうもヴィッテルスバッハの血筋は気ままにできているらしい」

 今月の二十五日に結婚式を挙げる予定になっていたバイエルン国王ルードヴィヒ2世は特段の理由を述べずに、十月に式を延期すると発表した。

「国王の結婚は国の慶事であり、義務だとあの国王は理解していないのではないか。好みがどうあれ、どこの国の君主も一時の情熱だけで婚姻していない。恋愛しての結果としても、国と国との利害が一致した上での成就だ。どこの国の王族も縁談に応えようとしなかったからと、執心した女性と結婚したナポレオン3世は先例にならない。

 好きを貫けるのが許されるなら、ヴィルヘルム陛下のお妃は別の女性だった」

 伯爵が国王陛下に同情的なのは、ラ・パイーヴァの存在ゆえか。貴族出身の女性でも身分に開きがあると継承権に近い王族との結婚を諦めざるを得なかった、古いロマンスだ。

「左様、好きで一緒になれるのなら、現在のロシア皇帝が皇太子時代にお披露目と花嫁探しを兼ねて欧州周遊していた際に、独身同士だったヴィクトリア女王と意気投合したのを周りが大慌てで引き離しはしなかった」

 それは初耳だ。外交官は面白い話を知っているものだ、と改めて感心する。

「国王の婚約者が外国の王族だったら大揉めになっていただろう。ミュンヘンの宮廷での混乱振りが目に見える。

 王家の分家出身とはいえ臣下の身分の公女が婚約者、体裁を取り繕う相手には丁度いいだろうに、延期するとはルードヴィヒ2世は余程女性が苦手なのだ」

 苦手だったらまだいいだろう。王冠の維持の為の結婚は真っ平と主張し続け、周囲が好きな人を連れてきなさいと折れたとしても、ルードヴィヒ2世は女性ではなく、男性が好みだそうだから、現状では神の前での結婚の誓いはできない。このまま正直に生きるか、諦めて義務を果たすのか、二十歳を一つ、二つ出たばかりの国王の動きは予想できない。

「戦争にはからきし度胸がない、内政にも興味を示さない、ときたら、後は国民の人気取りの為に理想的な青年君主であり続けなければならないのに、家庭を持つのを嫌がっていたら国民は喜ばない」

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