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君影草  作者: 惠美子
第三十二章 市中の話題
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 ラ・パイーヴァ、彼の女からの便りならば遊びに来いという内容に違いなかろう。日時の指定があるだろうか。

 やれやれと封を開ける。

 予想通りだ。


『ご機嫌よう。

 オペラ座では楽しかったですね。あれからこちらにいらしてくださいませんね。いい人とご一緒に過していらっしゃるのかしら。それでお忙しいのもよろしいけれど、こちらもお忘れなく。

 拙宅で夏の宵を楽しむための宴を開きます。

 お若い方がいらしてくれれば座が華やぎます。

 堅苦しいことは何もありません。是非いらしてください。


                 テレーズより』


 宴は明後日から三日間続けて行うとある。宴を開く日、いつ来てもらってもいい、何なら全ての日に来てもいいと書かれている。

 徒弟の修行ではあるまいし、皆勤してどうする。しかし一度は赴くべきだろう。わざわざ招待してくれているのに知らぬ振りはできない。ゴルツ大使にも当然同じ便りが届いているだろうし、断りを入れておこう。大使自身は顔を出すかどうか不明だが、俺には必ず行ってこいと返事をくれるだろう。

 ベルナデットといるばかりではいけないと判っているし、土埃に塗れての行軍よりは幾らもましなのだから、不満を抱いていては南部軍団の同輩たちに申し訳ない。精々めかしこんで出向き、役に立ちそうな話を拾ってこよう。

 ゴルツ大使にお伺いを立てると、大使は初日のみ顔を出すので同行するようにと指示された。

「勿論貴官はその後の宴に出ても構わないし、居続けるのも自由だ」

「出直すのならともかく、居続けはしません」

 さて、明後日までの服装を選び、ご婦人方に受けの良い話を仕入れなければならない。堅苦しくないくていいと言われようが、礼儀は守らねば。

 巴里郊外の城壁を(じか)に見て回ってみたいのだが、後にしよう。学生や旅行者の振りをして野外を歩き回るのだから、盛夏を過ぎた頃合いに実行しても文句は言われまい。

 フランス皇帝がザルツブルクでオーストリア皇帝と面談した日、巴里シャン゠ゼリゼ大通りの屋敷にゴルツ大使と出向いた。

 宵闇を楽しもうと灯の数は少ない。到着した時間、灯よりも差し込む西日がまだ勝り、黄昏はまだ夜に座を譲らない。

 屋敷では開け放たれた窓から庭木の植物の香りが漂ってきている。街の中の人々の往来から感じるざらついた空気が嘘のようだ。それだけこの屋敷が広く、手入れが行き届いているのだと改めて思う。お仕着せの召使いたちは場に溶けこんでいる。

 使用人たちの水が流れる如き動きをふと観察する。かれらは主人に――ラ・パイーヴァやヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵に――忠実なのか、労働の対価として支払われる金銭に忠実なのか、それともこの屋敷の情報を買おうと声を掛けてくる者にも忠実になり得るか、俺の目は自然に厳しくなる。

 俺が大使の後ろで何を考えているのかお構いなしに、扇をせわしなく動かしながら屋敷の女主人が姿を現した。

「ご機嫌よろしう、皆様」

 大きめの白い百合を結髪にあしらって、淡い色調の服でまとめている。宝石は控えめにして、見た目の涼しさを優先しているようだ。生花を頭に乗せたらそれはそれで重いだろうし、きちんと留めておくのは痛いかも知れない。女性が自分を演出する工夫と努力は男の想像を超えている。

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