十二
ベルナデットの結髪、帽子を目で追い、流れに沿って凱旋門の周りを進む。見失い、また彼の女の姿を見付け、安堵するのを繰り返す。溺れている者のように漂いながら、人の波間を泳ぐ。
光に溢れ、歓声が聞こえる凱旋門を横目に、星の広場を大きく回り、やっとシャン゠ゼリゼ大通りの一つ手前のフリドラン通りの歩道へ辿り着いた。ベルナデットが先になったか、後になったかさえももはや判らなくり、とにかく足を止められる場所に早目に着いて、彼の女を探そうと決めて、通りの曲がり角に立った。ブールヴァールに続くこの通りなら広いし、通り掛かる者も数多い。社交場へつながる通りはシャン゠ゼリゼ大通りほど煌々と照らされていないが、充分に明るい。ベルナデットが通るかしばらく見守ろう。さんざめく賑わいに反して孤島に打ち上げられた人間さながら、ベルナデットの姿はないかと俺は目を凝らし、変な男に絡まれて往生していないかと気を揉んだ。意味ありげに視線を投げ掛けてくる辻君らしき女性や、大人の迷子かと不審げに見遣る男女が幾人も通り過ぎていく。
大都会の催事の人出で一人の人間は川に流れる水の一滴に過ぎない。だがこのまますごすごと『ティユル』に戻れようか。
大声で叫んでみても響かないだろう。こんな所で待っていていいのかと、気ばかりが焦る。
もう一度凱旋門近くまで行ってみようか迷いが浮かんだ頃、フリドラン通りの向こう側から急ぎ足でこちらに来る姿が見えた。この通りだって混んでいるのに無茶をしないで欲しい。俺も弾かれるように警告を発して駆け出した。
「失礼!」
「オスカー!」
諸手を拡げて、俺は駆け寄ってきたベルナデットを抱き締めた。
「良かった。見付けられた。あなたが先に帰っているかも知れないと思いながら歩いていたわ」
「あなたを置いていくものか。
どうして手を離してしまったのか、自分が呪わしい。それに走ったりして、危ないじゃないか」
ベルナデットは安心して、俺にもたれ、肩に手を乗せる。
「大袈裟ね。急いだのはあなたを見付けたから」
「あなたがどんな気持ちで街を彷徨い歩いていたかと思うと、自分が呪わしい」
「はぐれたら家に戻っていいと決めていたじゃないの、子どもじゃないんだから」
ベルナデットはなだめるように肩から背に掛けて撫でた。子ども扱いはどちらだろう。
「子どもじゃないが、魅力的な女性だ。俺が心配するのは当然だろう?」
満更でもないように俺を見上げ、苦笑した。
「有難う。こうしてお互い大丈夫だったんだもの、また腕を組んで行きましょう」
「ああ、帰りはこの通りを行くか? それともシャン゠ゼリゼ大通りをまた行くか? あなたの好きな方で」
流石に混雑の中で歩くのは行進と違って、予測しない動きに翻弄されて、思ったようにいかない。距離にしたら走っても息が切れない程度であるのに、疲労を感じる。人いきれで息苦しかった所為もある。
「ゆっくりと歩くのはやっぱり風通しがいい所がいわよね」
ベルナデットも同じく感じていたのだろう。俺たちはフリドラン通りをゆっくりと歩いて『ティユル』に帰った。事前に約束していた通り、俺は空いている応接用の場所に泊まった。寝支度をしてから、ベルナデットの部屋にしばらくいた。これに家人が気付いていたかは知らない。だが俺たちは直ぐに眠れそうになかったのだから仕方ない。それに、伯母もマリー゠アンヌもそんな情熱に覚えがあるはず。翌朝は何事もなかったように挨拶し、朝食をいただいた。




