十一
後ろから押され、立ちはだかる前方に阻まれながら、そろりそろりと足を運ぶ。足を上げて前に踏み出せずに元の場所に戻そうとすると、その場には後方の人の靴があり、それを踏み掛けて、慌てて爪先だけなるべく前に置く。足を踏まれ、肩や肘が当たり、ベルナデットを庇い、空いている右手で払い、なかなかの強行軍だ。雑嚢を背負っていない分、身は軽いし、這いつくばらないだけマシというもの。
ガス灯はいつもより灯を点す箇所を増やしている柱もあり、眩しいくらい。赤や青もあれば紫色、濃い黄色、緑色の輝きを放ち、夜景は今まで見たことのない華やかさだ。
ベルナデットと俺は自分の身と同じように体温を分かち合い、息遣いは側にあり、同じ物を見て、互いの顔を見合わせる。
街灯に照らされて、瞳の色も身に付けている品の細かい色合いもはっきり見分けられる。それでいて、昼とは違い微妙な陰影が顔に差し、妖しくも美しくも映る。子どものようにガス灯の飾り付けが違っていると指差してみる無邪気さ。ガラスにシルエットの形に薄い板でも張り付けてみたのか、動物の姿の影が光の中に入っていると囁いてくる時の悪戯っ気のある眼差し。ベルナデットは灯の色のように様々の表情で、俺の心をくすぐる。
星の広場近くまでやっと来た。凱旋門自体にも人が多く登っているのが判る。
「凱旋門に登ってみたいか?」
そうねえと、ベルナデットは呟いた。
「近くに行ってみるだけでいいかしら? あなたはどうしたい?」
「同意見、近くに行くだけで充分だな」
あれだけの人出だ。凱旋門の登り降りの階段の足元が心配になる。
道行くほかの人々も俺たちも、星の広場と言いながら天上の星を忘れて、地上の煌きに気を取られ、夢中で街を巡る。ぐるりと広場を回ろうとする流れと、凱旋門に向かおうとする流れが一つの場所で揉み合い、ぶつかった。ベルナデットと手を組んでいた左手を伸ばして肩を抱き、右手と右手を繋ぎ、なお力を込めて彼の女を守ろうとしたが、人の勢いが俺たちの間に割り込んできた。ぴったりと体を寄せ合っていたはずなのに、人の波に押されて、ベルナデットが左に、俺が右へと離されそうになる。引き寄せようとするのに、手首から腕に別の人の体が当たって痛みを感じて、無理をすると危険かと思った瞬間、力が緩んだのか腕が伸びきり、ベルナデットが波に運ばれた。
「ベルナデット!」
こんな所ではぐれたくない。追い掛けようとしても人と人の間をもがくばかりで、少しも近付けない。
「大丈夫よ、このまま広場を回っていればまた側に行けるから」
二、三人くらい除けていけば彼の女を捉まえられるくらいの距離なのに、ここで大きく動けば自分が転ぶか、周囲が転ぶかしてしまいそうで、危なくてできない。事故か喧嘩を起こしかねない。ベルナデットが驚きながらも呼び掛けてくれた声を信じて、広場を歩く。
もう煌めく灯も、花の都の華やかさも目に入らない。ひたすら雑踏を掻き分けつつ、ベルナデットの姿を求めた。




