六
マイヤー大佐はシュミットの左腕を掴んで調べていたが、すぐに手を離し、肩を叩いた。
「治療の必要はない。興奮を鎮めろ」
それが決闘の終了の合図となり、立ち去る者が出てきた。赤毛娘がブルックに近寄ってきた。
「中尉さん、ご立派です。ご友人のために決闘を申し出られるとは勇敢なのですね」
ブルックは突然の賞賛の言葉にあたふたとしていた。
「いや、その、アレティンが侮辱されるのを黙って見ていられなかったんだよ。ちょっと出過ぎた真似だったかと思ったのだが」
「本当にご立派です」
アグネスとかいう娘は、乙女の憧憬というより、子どもが年長者へ向けるような尊敬の眼差しでブルックを見て、腰をかがめて一礼し、くるりと去っていった。これからどうなるかはブルックの出方次第だろう。
決闘の勝利者である俺の周りには自然、みなが集まってきた。
いまどきになって呼吸が乱れる。決闘前に感じなかった恐怖感、なんとか勝てたことでの高揚感が強く体を震わせた。
「よくやったよ」
「先にシュミットが撃ち終わっていたとはいえ、よく肩先を狙って打てたよな」
同僚たちが俺の肩を叩いたりしながら、口にする。俺はまず執行者となってくれたハーバー大尉とマイヤー大佐に礼を述べた。
「小官たちのつまらぬ諍いから決闘の執行と見届けをしてくださり、有難うございます」
「全くだ。どちらか死んでいたら、上になんと誤魔化したらいいか、ない知恵を絞らなければならなかったからな」
「黙認されているとはいえ、規則では禁止事項だから、双方無傷で良かったよ」
本当に感謝すべきことだ。そしてブルックにも。
「ブルック、貴様の言葉と行動には礼を言う」
そうだな、とみなも同調した。ブルックは素直に照れていた。
一人ぽつりとシュミットが残されている。俺はシュミットに近付いた。
「いつまでそこにいる。体が冷え切ってしまうぞ」
「ああ」
「これで終わりだ。握手をして、仲間に戻ろう」
俺は右手を差し伸べた。シュミットは自力で立ち上がり、やはり右手を差し出してきた。しかし、手は握られず、そっと触れただけだった。そして、先に行く、とだけ言うと、黙って足早に歩き出した。シュミットの萎れた姿が哀れだった。だが、これ以上シュミットに言葉を掛ければ余計シュミットの重荷となろう。勝者が敗者に何を言っても、驕りと取られる。
シュミットの自尊心がどう傷付き、俺への感情がどう変化するか、判りはしない。嫌い、憎むのなら勝手にするがいい。戦場で後ろから撃たれても、それが何かの報いなら受け入れよう。だが、自分を傷め付けるようなことだけはするな。惨めに落ち込むくらいなら、俺の所為にして気を晴らせ。そうすれば少しは生きる気にもなるだろう。心の内は誰にも知れない。そして浮上するには自身の力しかない。
これは傲慢だろうか。
そうだな、シュミットは俺の澄ました顔が気に入らないと言っていたのだから、傲慢なのだろう。
矜持を高く保たずして、どうして命を賭して戦い、生きて行けよう。