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君影草  作者: 惠美子
第三十一章 煌めく街の灯
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 お針子たちは休みをもらって、既に出掛けているという。

「大通りが歩くのも不自由するくらい混み合っていて、ここに入ってほっとした」

「ここで安心しているようでは、お祭に出るには覚悟が必要みたい」

 マリー゠アンヌは玄関から戻りながら言った。ベルナデットは店のカーテンを閉めている。店は片付き、営業はおしまいだ。

「オスカーはアルプスを超えてきたのだから仕方ないわ」

「アルプスを超えてきて、何を征服しようというのかしら?」

「イタリア? ローマかな?」

「方向が逆」

 笑い合って、二階に上がり、マリー゠フランソワーズに挨拶に行った。伯母は変わらず、美しく機嫌よく迎えてくれた。

「軽く何かお腹に入れてから出掛けなさい」

 と勧められて、野菜の煮込みとパンだけの食事をいただいた。ここでも片付けや、着替えと念入りな化粧直しの時間が使われたが、我慢だ。

 やっとベルナデットはお出掛けする姿になった。精一杯に着飾ってくれる気持ちに感謝の意を示そう。

『ティユル』の裏から出て、コリゼ通りの人波は流れていたが、シャン゠ゼリゼ大通りを見ると、俺がこちらに来る時よりもずっと人が多くなっている。大通りに出ようとしても跳ね返されるのではと、(おのの)きそうになる。ベルナデットは緊張したように、改めて右手を俺の左腕に絡ませた。俺は右手を伸ばしてベルナデットの手に手を重ねた。

「しっかり掴まっていてくれ」

「ええ、そうする」

 日が傾いて、薄暗くなってきている。これから一層人出は増えるかも知れない。

「はぐれたら凱旋門に構わず行こうと打ち合わせたが、怖いと思ったら『ティユル』に帰った方が安全かも知れないな」

 あら、とベルナデットは意外そうに言う。

「平気だわ、はぐれたらはぐれたで、一回りしてから戻ったって大丈夫よ」

 地元の祭りだから、慣れているのか。(プレヤデン)がどれだけ人口の少ない都市だったかと、妙な感じがする。

「では、もしはぐれたら凱旋門、それでも見付けられなければ、無理せず帰宅することにしよう」

「そうしましょう。でも一番いいのは一緒にいること」

 それもそうだ。あれこれ心配するよりも、一緒にこの時を楽しもう。

 シャン゠ゼリゼ大通りに出て、通りに面した店が祭りの仕様に飾り付けているのを見、露店が拡げられているのを眺めながら、ゆっくりと歩みを進めていく。色ガラスを嵌めたカンテラに蝋燭が灯されて、あちこちに吊るされている。黄昏で、色彩が消えようとする自然に逆らうように、カンテラが光を放っている。

 カンテラよりも上方のガス灯にも様々な色合いのガラスが嵌め込まれて、いつもとは違う夜景になっている。その灯を見上げては、そちらこちらで歓声が上がっている。赤や青、色の違う光線が街を照らす。この日ばかりはガス灯の点灯夫になってみたいと誰もが思う。眩い光が通りに差し、人工の花園を創り上げている。

「綺麗!」

「ああ」

 ベルナデットが俺に頭を傾ける。思わず左腕に力が入り、身に寄せた。

 真夏だが陽が翳れば涼しくなる巴里でも、これほどの人が集まっていれば暑さはそのまま居座る。むしろ蒸し暑さが増してきそうだ。

 ぐいと後ろから押される。立ち止まるなと急かされているのだろうが、前が詰まっている。そうそう簡単に進めない。

 ベルナデットを抱えるように守りながら、ゆっくりと足を踏み出し、探るようにして進む。それでも見えないだの、(のろ)いだの(わめ)く声が聞こえる。

 女性が一人で見物しているらしい姿を何人か見たが、他人事ながら、物騒だと不安に思わないのだろうかと心配になった。決してこの手を離すまい。

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