七
短い時間で思い付いたことをベルナデットは喋りはじめた。
「コリゼ通りからシャン゠ゼリゼ大通りに出て、灯の綺麗な所を眺めて、人出が多くて歩くのも大変なようなら家に戻ってもいいし、ルイーズや母をアンヌに頼んで二人で出歩いてもいいかも知れない」
この様子だと、店兼自宅の近くの催しだから、既にベルナデットたちは詳しい情報を知っている。成程ナポレオン1世の誕生祭だから突然始まったお祭りではない、珍しがって誘っているお上りさんは俺か。
それでも面倒がらずに俺との外出に浮かれてくれるのだ。喜ぶべきだ。
「ガス灯にね、色々な色のガラス板を取り付けて、ほかにも灯を別に沢山並べたりするのよ」
俺はベルナデットに近寄り、唇に指を当てた。催しの内容はおおよそ判った。後は実際に観てみてのお楽しみというものだ。
「全部聞かされたら観に行く甲斐がなくなってしまう」
「あら、わたしが喋ったところで、夜の景色の素晴らしさはすべて伝えられるとは思えない」
「どうだろう?」
と、俺は悪戯な彼の女の唇を塞いだ。
ベルナデットは口付けを素直に受けた。それから俺たちはしばらく甘やかなひとときを過した。
さいわいにルイーズが部屋に乗り込んできたり、マリー゠アンヌやマリー゠フランソワーズが呼び出したりはなかった。それでも自制して、フラートでお互いを満足させた。
「あなたは誘惑が上手」
「いいや俺はあなたから誘惑された。美しく、才弾けるあなたといて、何もできないでいられるほど、俺は無害な人間ではない」
腕の中でベルナデットはくすぐったそうに笑い、そして指先で俺の胸に円を描きながら拗ねる。
「わたし以外の女の人にもそんなふうに言っていない?」
さて、無害のまま振る舞える女性だっていたさ。
「信用されていないのなら心外だ。スカートを穿いているなら誰でもいいなんて見境のない男だとでも思っているのか?」
ベルナデットの頭の隅にオペラ座での俺の姿が残っていたとしても、ここであからさまに憤ってはいけない。言葉遣いは穏やかさを保つ。
「いいえ。そんな人を好きになったなんて思っていない。ただ……」
「ただ?」
「あなた程の男性に興味を持たない女がいないなんて、逆に信じられない」
「それは褒めてくれていると取っていいのかな?」
「何を言っているの、知らないわ」
つんとよそを見ようとするのに顔を寄せ、口付けした。彼の女も腕を絡ませ、口付けを返してくる。巴里娘の手管だったとしても、可愛らしい嬉しがらせを言ってくれる。
この女性とは離れられない、と胸に強く感じる。この手を、腕を離せない。運命の女神がどんな舞台を設定していようとも、俺たちの結び付きはほどけまい。
陶酔から醒めて、改めて祭りの晩の外出についてラ・ヴァリエールの女性陣に説明をした。話は簡単に済み、人混みで揉まれて疲れたくないから、通りに出て少しばかり見学するのでいい、後は二人で行ってらっしゃい、オスカーは応接セットの所で良ければ泊まっていけばいい、とあっさりと決まった。




