三
コリゼ通りに入ると、丁度顧客が帰る所で、馬車が去り、それをマリー゠アンヌが見送っていた。
マリー゠アンヌは直ぐに俺の姿を見付けたようだ。俺は帽子に手をやり、こちらも気が付いていると示した。店の前に近付くまでの間、マリー゠アンヌは俺を待った。
「ご機嫌よう」
「こんにちは」
店の中に戻ってこない姉を不思議に思ってか、それとも俺の姿が窓から見えたのか、扉からベルナデットが顔を覗かせた。
「オスカー! まあ、いらっしゃい、こんにちは」
予期していなかったと青い目を丸くして、白い花は輝いた。
俺の求める喜びはここに在る。マリー゠アンヌは微笑んで俺を先に店に入れようとする。いや、それはいけない。俺はマリー゠アンヌに手を添え、店に進ませ、次に中に入った。
「お客様は?」
「今お帰りになったところ。空いていますから、遠慮しないでください」
「ではベルナデットと話をしてもいいですか?」
「勿論、ゆっくりしていってくださいな」
マリー゠アンヌの言葉をいただいた。俺はベルナデットの白い手を取り、彼の女が驚いて手を引く前に口付けした。
「姉上の許しを得たのだから、いいだろう?」
「正直過ぎです」
マリー゠アンヌがからかった。外から丸見えになるといけないから、応接の場所か、ベルナデットの部屋に行きなさいと続けた。ベルナデットはぐるりと瞳を巡らせて、姉に断りを入れた。
「じゃあお言葉に甘えて部屋に行くから、お客様が来て手が足りなくなったら呼んでちょうだい」
「その時はルイーズに呼びにいかせる」
ルイーズが突然部屋の扉を開けても困らないようにしなくてはならないな。ベルナデットに手を引かれながら、彼の女の部屋に上がった。扉を閉めると、ベルナデットは微笑み、俺に椅子に掛けるよう勧めた。女性を立たせたまま、座れない。
「あなたは?」
ベルナデットは寝台に腰掛けた。俺は椅子に腰を下ろした。
「あなたがこうしてよく来てくれて、嬉しい」
「今日は朝からあなたを会いたいと思っていた」
ベルナデットの微笑は美しかったが、白薔薇に棘がふいに現れた。今まで心の中に隠していたか? 棘は俺に問い掛けた。
「どうして朝から会いたかったの?」
「それは俺があなたをずっと想っているから」
「わたしに何か訊きたいことがあるのではないの?」
「訊きたいこと?」
ベルナデットの面持ちは変わらない。
「昨日、わたしたち一家でオペラ座に行ったかどうか」
日が陰りはじめたが、まだ大気は熱気をはらんでいる。ここまで来るのに汗をかいていたのか、体が冷えてくるのを感じた。やはりベルナデットたちは昨晩顧客の招待を受けて、『ドン・カルロ』の観劇に来ていたのだ。
「俺はゴルツ大使のお供を仰せつかって、昨夜オペラ座に行った。あなたたちも客席にいたのか?」
「ええ、あなたはボックス席にいたでしょう。どの席からいても目立つ立派な席。それもプロイセンでも一、二を争う大金持ちの貴族が買い占めている席」




