五
冬の時節、夜明けは遅い。とっくに目は覚めているし、みな起きて朝の支度や修練をしているのだが、灯なしでは何もできない。八時半を過ぎても暗く、ようやく日の出を感じ始める。
霜を踏みながら、約束の場所に一同で向かう。霜は少しずつ強さを増して差してきた朝日に照らされて、白く光っていた。
昨日の『黒い猫』で飲んでいた一同が立ち会いの証人で、ハーバー大尉と大尉が念のためと連れてきた軍医のマイヤー大佐が執行人をしてくれることになっている。
林の中の広い場所を選び、中央に集まった。太陽が顔を出している。陽光で目が眩まないよう向かい合い方向を決めた。そして武器の短銃に不備や仕掛けがないか、執行人が点検をする。
互いの短銃を確認の後、俺とシュミットの手に戻され、それぞれ決められた一発の銃弾を渡され装填した。
「覚悟はいいな」
「はい」
俺とシュミットははっきりと答えた。
ハーバー大尉は決闘の取り決めを語った。
「これから、双方合図に従って背中合わせに直進する。十五歩を数えたところで振り返り、発砲。勝負の銃弾は一発のみ、当たっても外れても、これで決闘は終了とする。なお、臆病、卑怯とみなされる行動をとれば、発砲の前でも負けとみなす。
アレティン中尉、シュミット中尉、以上を守り、決闘を執り行う。
取りやめたかったら今のうちに申し出ろ」
一呼吸おいて俺は答えた。
「否やはありません。始めましょう」
「俺も同様です」
シュミットは眠れなかったのだろうか。それとも緊張と寒さの所為か。顔は紙のように白かった。俺は眠れたが、似たような顔色をしているのかも知れない。
ここだとハーバー大尉は場所を示す。その場所に俺とシュミットは背中合わせに立つ。
証人である仲間たちは黙って後ろに下がった。『黒い猫』の酔客の中で見物人が来るかと思ったが、寒い朝だ、そうでもない。幾人かの軍団の面々と、話題の提供のためか『黒い猫』の店員が数名――あの赤毛娘もいる――が来ていた。
「では歩数を数える。
一、二、三……」
声に合わせながら、直進していく。何の感興も湧かない。鼓動が耳に響く。
「……、十二、十三、十四、十五」
振り向き、右手を伸ばして短銃の狙いを定める。
銃声が先に響き、俺の左側の地面が抉れた。
シュミット、狙いを定めたのか? 慌てていたのか? 銃弾は一発だ。大切にしなくては意味がない。
俺はシュミットの左上腕あたりに狙いを定めて引き金を引いた。
シュミットは左腕を押さえるようにしてへたり込んだ。
俺は安堵と興奮を感じつつ、シュミットに歩み寄った。執行人も証人も、見物人も俺たちの側に集まってきた。
「銃弾は当たったのか?」
「左腕をかすったようだ」
「落ち着いていたな、流石だ」
へたり込んでいたシュミットが叫んだ。
「いや、俺は負けていない。服がほつれた程度で負けはない。もう一回勝負だ!」
また同じことを繰り返す気か。それとも今のは練習と言い出すのではあるまいな。執行人の大尉が呆れたように言った。
「勝負は一発のみと始めに取り決めて、貴様も了承しただろうが。シュミット中尉の銃弾は外れた。アレティン中尉の銃弾は貴様の腕をかすった、それも手心を加えてだ。シュミット中尉の負けだ」
シュミットは俺の知る限りの悪罵雑言を吐き出した。ひねくれ者の俺の胸にも堪えるような罵りを続けて、ついに周囲が荒れだした。
「これ以上仲間を侮辱するなら、俺が貴様に決闘を申し込む! 貴様の態度はこの軍団に相応しくない」
とブルックが言い始めた。
「そうだ、負けを認めろ、シュミット」
口々に言い募り、最終的にハーバー大尉が宣言した。
「ただでさえ軍規に反する行為を見逃してやっているのだ。まだ見苦しい真似をするなら、貴様の除隊を進言しなければならない」
シュミットはやっと沈黙した。